タグ:神戸市/中央区 ( 9 ) タグの人気記事

三宮神社

◎神 社 名 :三宮神社(さんのみやじんじゃ)
◎住  所:〒650-0021 神戸市中央区三宮町2-4-4
◎調査月日:2018(平成30)年7月25日(水)

◎由来など:
創建は不詳、旧神戸村の氏神。生田裔神八社のうちの一社。
 三宮の地名は、この神社があることに由来する。神社のすぐ南に西国街道が東西に走り、江戸時代は鬱蒼とした森に囲まれ、旅人の憩いの場所となっていた。
 神戸港開港後は、境内から湧き出る清水を神戸に入港する船が汲んでいったという。明治元年1月11日、この神社の前で備前池田藩と外国兵が起こした神戸事件は有名で、境内に碑がある。また、源平の史跡として生田の森で一番乗りの手柄を挙げた河原兄弟を祀る河原霊社がある。

◎祭神など:
・湍津姫命(タキツヒメノミコト)

◎周辺状況:
平地、ビル街、神戸大丸北東隣/商業地域

◎境内面積:
見た目では910㎡

◎社叢状況:
境内四隅に樹木あり

◎社叢見所:
高木の下に低木を植栽することで、緑の密度高く見せている。


▼樹木配置図


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▼地図(三宮神社へのアクセス)





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by shasou373 | 2018-07-25 00:02 | ■ 近畿地域

生田神社

◎神 社 名 :生田神社(いくたじんじゃ)
◎住  所:〒650-0011 神戸市中央区下山手通1-2-1
◎調査月日:2018(平成30)年7月25日(水)

◎由来など:
 神功皇后が三韓からの帰途、武庫の水門で急に船が進まなくなった。ご神意を占ったところ稚日女尊が「自分は活田長峡國に居たい」と言われた。そこで海上五十狭茅(うなかみのいさち)に命じて祀った。最初の鎮座地は布引の砂山(いさごやま)だったが、大洪水が起こったときに流されそうになり、刀禰七太夫(とねしちだゆう)に背負われて現在の生田の森に鎮座した。 砂山では一面に松の木を茂らせていたのに、その松の木も根こそぎ流失し、全く役に立たなかったため、生田の神は「松の木、頼むに足らず」として、それ以後は境内に一本の松も無く、正月も門松の代わりに「杉盛」と称する門杉を立てる習わしが今も続いている。
 昭和20年6月5日、空襲により御本殿以下、諸建物及び生田の森が全焼。阪神淡路大震災では拝殿が押しつぶされ、鳥居や多数の石灯籠が倒壊するも、いち早く復旧復興した。

◎祭神など:
・稚日女尊(ワカヒルメノミコト)

◎周辺状況:
平地、ビル街、飲食街/商業地域

◎境内面積:
見た目では17,500㎡

◎社叢状況:
社殿の北側(裏側)に生田の森のクスノキ林

◎社叢見所:
神木とされるクスノキ

▼樹木配置図


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▼地図(生田神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

クスノキ

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稚日女尊

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神功皇后海上五十狭茅

神戸大空襲阪神淡路大震災



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by shasou373 | 2018-07-25 00:01 | ■ 近畿地域

八宮神社

◎神 社 名 :八宮神社(はちのみやじんじゃ)
◎住  所:〒650-0017 神戸市中央区楠町3-4-13
◎調査月日:2018(平成30)年6月20日(水)

◎由来など:
神戸にある一宮神社から八宮神社の内、六宮神社と八宮神社が合祀された社。
六宮神社は旧坂本村の氏神で明治中期までは、現在の広厳寺の前に在ったが明治42年(1909)楠高等小学校新築のため、八宮神社に合祀された。
八宮神社は旧坂本村と旧宇治野村の氏神で、元は橘通り二丁目の旧神戸市庁舎のあった所に祀られていたが、明治42年(1909)新しい神戸市庁舎を建設するため、先に合祀した六宮ともども現在地に移転した。
この時造られた社殿は、昭和20年(1945)3月17日の空襲で焼失。昭和27年(1952)に八宮復興会によって再建されたもの。阪神大震災では北側の鳥居が全壊し、境内の石灯籠などの石造品が多数倒壊する被害を受けた。

◎祭神など:
八宮:
・熊野杼樟日命(クマヌノクスヒノミコト)
・素戔嗚命(スサノヲミコト)

六宮:
・天津彦根尊(アマツヒコネノミコト)
・応神天皇(オウジンテンノウ)

◎周辺状況:
第二種住宅地域,近隣商業地域。住宅地。

◎境内面積:
見た目では1600㎡

◎社叢状況:
比較的大きな木が散在する

▼樹木配置図


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▼地図(八宮神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

クスノキサクライチョウクロガネモチ

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素戔嗚命

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阪神・淡路大震災

広厳寺



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by shasou373 | 2018-06-20 00:06 | ■ 近畿地域

中山手熊野神社

◎神 社 名 :熊野神社(なかやまてくまのじんじゃ)
◎住  所:〒650-0004 神戸市中央区中山手通7-28-30
◎調査月日:2018(平成30)年6月20日(水)

◎由来など:
遠い昔に、宇治物部族によって宇治野山と呼ばれた丘に祀られ、平安時代の福原遷都の際、五条大納言藤原邦綱がこれを再建したとの伝承がある。

◎祭神など:
・伊邪那岐命(イザナギノミコト)
・伊邪那美命(イザナミノミコト)

◎周辺状況:
第一種中高層住宅専用地域。斜面地、住宅地。

◎境内面積:
見た目では1,650㎡

◎社叢状況:
社殿の西側・北側・東側はアラカシ林。

◎社叢見所:
斜面地境内のアラカシ林とアキニレ

▼樹木配置図


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▼地図(花隈厳島神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

クスノキアキニレサクラアラカシ

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伊邪那岐命
伊邪那美命

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宇治物部族・宇治野山(宇治郷より)

福原遷都(福原京)

藤原邦綱(五条大納言)



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by shasou373 | 2018-06-20 00:05 | ■ 近畿地域

花隈厳島神社

◎神 社 名 :花隈厳島神社(はなくまいつくしまじんじゃ)
◎住  所:〒650-0013 神戸市中央区花隈町6-5
◎調査月日:2018(平成30)年6月20日(水)

◎由来など:
平清盛が承安3年(1173)に経ヶ島を築造する際に、広島の厳島神社より勧請した七社の内の一社と伝えられている。
最初は花隈村にあったが、花隈城が築かれた時に生田神社の境内に移され、天明年間(1781〜1789)に宇治川の河口である現在の「弁天町」に移された。
さらに明治の初めに神戸港の建設にあたり今の中央郵便局の所に移ったが、中央郵便局が出来る時に現在の花隈に移遷鎮座した。

◎祭神など:
・市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)
・大物主大神(オオモノヌシノオオカミ)

◎周辺状況:
商業地域。緩傾斜地、街中商業地。

◎境内面積:
見た目では500㎡

◎社叢状況:
樹林地なし

▼樹木配置図


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▼地図(花隈厳島神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

クスノキ

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市杵島姫命
大物主大神

--

平清盛

--

経ヶ島

厳島神社

生田神社

花隈城



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by shasou373 | 2018-06-20 00:04 | ■ 近畿地域

四宮神社

◎神 社 名 :四宮神社(よのみやじんじゃ)
◎住  所:〒650-0004 神戸市中央区中山手通5-2-13
◎調査月日:2018(平成30)年6月20日(水)

◎由来など:
神功皇后が三韓よりの帰途、御神託により生田の神を長狭の国にお祭りされた時、八か所に鎮座されている神を東から順に巡拝された。
その八社のうちの四番目の神社として「四の御前の神」と名付けられたと言い伝えられている。
旧花熊村の氏神。神戸開港後、政財界御用達の花街として栄えた花隈の芸者たちは、自らの芸の上達を祈願するため、一度はこの神社に参拝して鑑札を受けた。
昭和20年の空襲で焼失。昭和38年5月10日に現社殿が再建された。

◎祭神など:
・市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)

◎周辺状況:
商業地域。緩斜面、住宅地。

◎境内面積:
見た目では1,000㎡

◎社叢状況:
樹林地なし


▼樹木配置図


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▼地図(四宮神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

ケヤキサクラクスノキムクノキ

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市杵島姫命

神功皇后

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神戸大空襲



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by shasou373 | 2018-06-20 00:04 | ■ 近畿地域

走水神社

◎神 社 名 :走水神社(はしうどじんじゃ)
◎住  所:〒650-0022 神戸市中央区元町通5-6-1
◎調査月日:2018(平成30)年6月20日(水)

◎由来など:
菅原道真公が太宰府に左遷される時にこの地に立ち寄られ、百姓、漁民と交流された。その徳と温情を偲んだ村人が祠を建立し、篤く祀ったのが起源と伝える。
明治8年、近隣の八幡社を合祀し、旧走水村の地名をとって「走水神社」を創建した。
社殿等は昭和20年の空襲ですべて焼失。昭和33年6月に再建した。

◎祭神など:
・菅原道真公(スガハラノミチザネコウ)
・天照皇大大神(アマテラシマススメオオカミ)
・応神天皇(オウジンテンノウ)

◎周辺状況:
商業地域。元町本通商店街のすぐ裏。

◎境内面積:
見た目では550㎡

◎社叢状況:
樹林地なし

▼樹木配置図


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▼地図(走水神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

ヒマラヤスギナギクスノキ

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菅原道真公
天照皇大大神
応神天皇

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神戸大空襲



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by shasou373 | 2018-06-20 00:03 | ■ 近畿地域

湊川神社

◎神 社 名 :湊川神社(みなとがわじんじゃ)
◎住  所:〒650-0015 神戸市中央区多聞通3-1-1
◎調査月日:2018(平成30)年6月20日(水)

◎由来など:
明治元(1868)明治天皇の勅により創祀され、明治5年(1872)5月社名を「湊川神社」とし、別格官幣社として創建された。
昭和9年(1934)社殿の大改築が行われたが、昭和20年(1945)空襲で焼失。
現在の本殿と拝殿は昭和28年(1953)に建てられたもの。

◎祭神など:
・楠木正成公(クスノキマサシゲコウ)
・楠木正行卿(クスノキマサツラキョウ)
・楠木正季卿(クスノキマサスエキョウ)
以下御一族十六柱ならびに

・菊池武吉卿(キクチタケヨシキョウ)
・大楠公夫人(ダイナンコウフジン)

◎周辺状況:
第二種住宅地域。平地、商業地。

◎境内面積:
見た目では28,000㎡

◎社叢状況:
境内一面のクスノキ林。特に社殿周囲は樹影が濃い。

◎社叢見所:
クスノキ林。日本最古のオリーブの木。

▼樹木配置図


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▼地図(湊川神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

アコウオリーブホルトノキ
--
--
・別格官幣社(近代社格制度より)


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by shasou373 | 2018-06-20 00:02 | ■ 近畿地域

東川崎蛭子神社

◎神 社 名 :東川崎蛭子神社(ひがしかわさきひるこじんじゃ)
◎住  所:〒650-0044 神戸市中央区東川崎町7-4-12
◎調査月日:2018(平成30)年6月20日(水)

◎由来など:
長保4(1002)年と言い伝えられている。
東川崎地区の氏神。元は海の近くの旧湊川河口付近に鎮座されていたが、昭和18年川崎造船所の拡張により現在地へ移転した。

◎祭神など:
・蛭子大神(ヒルコノオオカミ)

◎周辺状況:
第二種住宅地域。平地、街中の旧い住宅地。

◎境内面積:
見た目では200㎡

◎社叢状況:
樹林地なし

▼樹木配置図


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▼地図(東川崎蛭子神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

ヒマラヤスギ

--

蛭子大神



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by shasou373 | 2018-06-20 00:01 | ■ 近畿地域

「社叢見守り隊」の調査報告を掲載しております。


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