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石神井台氷川神社

◎神 社 名 :石神井台氷川神社(しゃくじいだいひかわじんじゃ)

◎住  所:〒177-0045 東京都練馬区石神井台1-18-24

◎調査月日:2020年1月4日(土)


◎由来など:

 本社は石神井郷の総鎮守にして、谷原、田中、上石神井、関、下石神井の五ヵ村より篤い崇敬をうつけできたのみならず、今日なお一般に「石神井の氷川さま」と尊称され、その御神徳をますます発揚している。本社が石神井郷の総鎮守であったことは、『新編武蔵国風土記稿』『江戸名所図会』等の諸誌に明記されているところであるが、現存の御手洗鉢に、「石神井郷鎮守社」と銘刻がのこされているのはそのたしかな証拠であろう。社伝によれば、本社は応永年間(1354〜1428)豊嶋氏が、大宮の武蔵国一ノ宮の氷川神社の御分霊を石神井城内に奉斎したのにはじまるという。しかして、文明九年(1477)四月十八日、石神井城が太田道灌によって攻略され廃城となるや、本社は里人の鎮守神と仰がれ、今日におよんでいるのである。

 御鎮座以来、諸人から厚く尊信されてきたが、ことに豊嶋一族の待遇は格別であったようで、現に本殿の左右にたっている石燈龍一対のごときは、当城歿落後とはいえ、豊嶋氏の子孫、泰盈・泰音によって奉納せられたもので、豊嶋氏が本社崇敬の篤かったことを物語っている。

 本社は本殿・幣殿・拝殿・神楽殿・神饌所・水舎・社務所・玉垣等が完備されており、社殿は文政年間(1818〜30)にたてられたものと推測される。(「東京都神社名鑑」により)


◎祭神など:

・須佐之男命

・稲田姫命

・大己貴命


◎社叢状況:

 広い境内やその周辺はかっての武蔵野の雑木林を彷彿とさせるところで社叢林としては十分な佇まいである。社務所を新築中なので樹木の伐採があったらしいがどの程度かは現時点ではわからない。周辺地域からの信仰も篤いようなので心配は無いと思われる。


▼樹木配置図

調査はしていない


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▼地図(石神井台氷川神社へのアクセス)






by shasou373 | 2020-01-04 00:04 | ■ 関東地域

奥氷川神社

◎神 社 名 :奥氷川神社

◎住  所:〒198-0212 東京都西多摩郡奥多摩町氷川178

◎調査月日:2019年9月7日(土)


◎由来など:

 中世、和田村(現在の青梅市和田町と日向和田)以西の地を氷川郷(時代的部分的には野上郷の呼称もある)と呼んでいたがこの郷名は奥氷川神社の社号から起こったものでこの社の歴史の古さが証明できる。

 奥氷川神社の祭神は速須佐之男命、櫛稲田姫命で、もと奥氷川大明神と呼び相殿として建御名方命が祭られ、これを諏訪大明神と呼んでいた。社記によってこの社の沿革を示すと次のようになる。

 景行天皇の御代 日本武尊東国平定の折、素戔嗚尊、大己貴命が陣中を守護され、これによって祀られたのを起源とする。

 貞観二年 簸川修理大輔土師行基が再興して社号を奥氷川大明神とする。

 嘉応三年 相殿として建御名方命を祀る。

 貞治三年 細川頼春の家人、村野武清、祭祀を起こしその裔相継ぎ奉仕して近代に及ぶ。

 明治二年 官令により社号を奥氷川神社、相殿を諏訪神社と改める。

 明治十五年 本殿の位置を奉遷、拝殿を新築する。

 この社記がいうように日本武尊云々(御岳神社、大岳神社にもある)は各地各社の縁起にもあることでこれを歴史として信ずることはできないが貞観二年(八六〇)簸川修理大輔(出雲系、氷川神家の人か)が再興して奥氷川大明神と称したというのは或いは事実の一端を投影しているかと思われる。 

 奥氷川神社明細帳に

 武蔵國、氷川ノ社大小数十社アリト雖トモ就中足立郡大宮鎮座一ノ宮氷川神社ニ対シ入間郡三ケ島村長宮ヲ中氷川神社ト称シ当社ヲ奥氷川神社ト称ス、一ツニ上氷川トモ称ス

 と、あり、特選神名帳入間郡中氷川神社の条には、

入間郡氷川村中氷川神社、式内足立郡氷川神社竝ニ多麻郡杣保内氷川村鎮座上氷川神社里程中央ニシテ当村鎮座中氷川神社ナリ

 とあって大宮-長宮(中宮か)-奥宮。氷川-中氷川-奥氷川と一線につながり、この社が武蔵三氷川の一社といわれる所以がわる。

 牟邪志(後の武蔵)最初の国造は出雲臣伊佐知直であるが考証によれば、このの出雲臣は当初多摩川下流に拠点をもち、その上流奥多摩氷川の愛宕山の地形を祖国出雲で祖神を祀る日御碕神社の神岳と見、ここへ祖神の氷川神を勧請したのが武蔵に数多い氷川神社の起源で、牟邪志、知々夫両国の合一によって本拠の国街を府中に移して氷川神を中氷川へ、さらに大宮へ移したのだろうといわれる。

 出雲の元国幣中社日御碕神社は素戔嗚尊を祭り、ここには愛宕山と酷似した独立山があってこれを隠岳といい社伝によれば素戔嗚尊が熊成峰(韓国)で柏占をされてここへ天下られたといい、ここは禁足地になっているということである。

 愛宕山麓の登計に手名槌神、足名槌神二柱を祭る阿羅波婆岐社があった。現在は愛宕神社へ合祀されているが、いうまでもなくこの二神は須佐之男命の妃神、櫛稲田姫命の父母神であるからこの神が須佐之男命を勧請された愛宕山の麓に把られていたということは愛宕山、即氷川神ということについて一つの傍証となりうる。

 御相殿諏訪明神の建御名方命は大国主命の国譲りに当って諏訪国(長野県)へ遷られて諏訪神となられ、多摩地区とはなじみの深い神さまで各地に名杜があるが本町地内にはここのほかには祭られていない。諏訪大社にはこの神を讃仰して「日本第一大軍神」という標識が建てられている。

 中世の奥氷川神社の境内は今の奥多摩駅附近まで延びていてここを大木戸と呼び神主屋敷があったという伝承もある。今の境内は道路改修のため狭められているが東京都指定の天然記念物三本杉(ここが中世の中心地か)のほか数十本の巨木が茂り、八月十日の例祭日には獅子舞や神輿行事、羽黒三田神社の屋台ばやしも同日行われて近郷第一の大祭りである。(「奥多摩町史」より)


◎祭神など:

・速須佐之男命

・櫛稲田姫命


◎社叢状況:

 社殿は西向きである。氷川の由来に従えば出雲の方角といえるかもしれない。鉄道や駅、街道の拡がりなどから境内は狭くなっているがかってはもう少し広かったようだ。多摩川の左岸に立地している。社叢としては立木のみの林で、大径木(100年生ぐらい)のスギが社の背景に取り巻くように並んでいる。神木は根元から三本立ちのスギで、樹高43m、都天然記念物、樹齢は他のスギより永そうである。その間にケヤキが混植されている。境内の西側にはソメイヨシノが植栽されていた。



▼樹木配置図

調査せず

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▼地図(奥氷川神社へのアクセス)






by shasou373 | 2019-09-07 00:00 | ■ 関東地域

氷川神社

◎神 社 名 :氷川神社

◎住  所:〒358-0021 入間市高倉4丁目4-7

◎調査月日:2019年6月1日(土)


◎由来など:

 当地は加治丘陵の東端にあり、はずれを霞川が流れる。

 『風土記稿』高倉村の項に、「八幡社 村の鎮守にて、村民の持なり。氷川社是も村の鎮守なり、村持、下二社持同じ、富士浅間社・稲荷社三宇」とある。

 社記に創建を尋ねると、「当社は、往古武蔵国足立郡高鼻村の氷川神社遥拝所であったが、応仁四年霞川の洪水により、社地水没、天文二年現在地を卜して社殿を再建する」という。天文2年については、旧神体である薬師如来を打ち出した懸仏(23センチメートル)に「日光菩薩 月光菩薩 大日本武蔵國入東郡金子郡高倉村 天文二年十二月吉日」の刻銘があり、これを裏付けている。

 現在の本殿は、明和五年の再建であり、棟札(19センチメートル)に「高峯山寶行寺良真代」の銘がある。宝行寺が現宮司淵泉家の先祖で、『風土記稿』に「宝行寺高峯山と号す、修験にて篠井村観音堂の配下」とある。篠井村は明治22年以降笹井と称する。拝殿は文化2年の造り替えで、棟札(96センチメートル)が残されている。

  明治5年に村社となり、同40年には同大字若宮の八幡神社と浅間神社を本殿に合祀し、字中ノ小路より稲荷神社を境内に合祀する。(「埼玉の神社」より)


◎祭神など:

・須佐之男尊


◎社叢状況:

 入間川右岸支流霞川左岸の崖の上に鎮座している。かって鎮守の森であったろう所を国道が敷かれたため削られてしまい「杜」としての成立が危ぶまれる。しかし、崖上には斜面林が発達しており、かろうじて社が包まれているのが現状である。

 斜面林にはシラカシを主体としてコナラ、イヌシデ等が生育しており、社殿周囲にはヒノキ、スギなどの植栽樹種が目立つ。神木は社殿左手のスギの大径木であるが、関係者の話によると国道への倒木が心配とのこと。また、シラカシの大径木も社殿のそばにあり、樹幹を途中で伐採しようかという話が出ているという。


▼樹木配置図


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▼地図(氷川神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

コナライヌシデヒノキスギシラカシコナラ

サクラシダレザクラクロマツ

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須佐之男尊



by shasou373 | 2019-06-01 00:04 | ■ 関東地域

本郷氷川神社

◎神 社 名:本郷氷川神社(ほんごうひかわじんじゃ)

◎住  所:〒359-0022 所沢市本郷676

◎調査月日:2019(平成31)年1月5日(土)


◎由来など:

当社は、この村の旧家である久瀬川家の屋敷鎮守であった八雲社が、後に村持ちとなったものである。口碑に、次のような話がある。寛永年間、当村にコロリ(コレラ)がはやり、多くの村人が倒れた。この時、久瀬川家の一人暮らしの老婆が村人の不幸を見兼ねて次々と看病に回った。しかし、不思議なことに老婆には病が移らないので村人が何故うつらないのかと尋ねると、屋敷の天王様を信仰しているから病魔が近寄らないのだと答えた。このため、天王様を信仰するものが増え、村人も悪病にならぬように一心に拝んだという。また、病にかかると家族や近所の人たちがお百度と称して、裸足参りで神社の庭草を踏むと治るといわれた。

社地は、神社が村持ちとなるに当たり、氏子の久瀬川・山崎の両家持ちの山を切り崩して境内とした。社殿は真南を向き、氏子の健康を祈る様に村を見下ろせる地に鎮まる。主祭神は素盞鳴命で、内陣には三河の方から背負って来たと伝えられる石棒を安置している。

明治41(1908)年、旧松井村大字下安松宇和田横道南に鎮座する村社氷川神社を合併し、無格社であった当社は村社に昇格し、社号も氷川神社と改められた。加えて同年、当地の字神明原の神明社と境内社の稲荷社、字下前の八幡社、字西上の稲荷社を合祀した。(「埼玉の神社」より)


◎祭神など:

・素戔嗚尊(スサノオノミコト)


◎周辺状況:

柳瀬川河岸段丘の所沢台地の中腹にある神社である。集落を見下ろすように造られており、階段の途中には所沢市の保存樹木指定のクスノキ2本胸高直径70~80cmがそびえている。境内は斜面途中にあり、植栽のサクラやユズリハ、ソヨゴ、サカキなどがある。また、境内背後は武蔵野のクヌギ、コナラなどの雑木林である。社叢としてはほとんど無いが雑木林の存在が今後どうなるか配慮されることを願う。



▼樹木配置図



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▼地図(本郷氷川神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

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寛永年間(1624〜1645)


by shasou373 | 2019-01-05 00:03 | ■ 関東地域

南沢氷川神社

◎神 社 名:南沢氷川神社(みなみさわひかわじんじゃ)

◎住  所:〒203-0023 東久留米市南沢3-5-8

◎調査月日:2018(平成30)年12月1日(土)


◎由来など:

当社は落合川上流「沢頭」湧水群のある自然緑地に鎮座し、古くより水の神として奉斎されていたが、部落の開発に伴い、出雲国薮の川の故事にならい、河川を疎通、社殿を建立して氷川大明神と称した。創立年代不詳なるも、現存の棟札によれば、承応3年(1654)2月25日神主栗原宋女輔、久世大和守、地頭神谷与七郎、仝峰屋半之丞、南沢村、田無村、入間村、下新井村総氏子中とあり広範囲の氏子信徒により再建された社である。現社殿は昭和46年9月新築された。

祭神須佐之男命は出雲の男神で、その荒魂は破邪顕正の威力を発揮したまい除災招福、疫病退散、殖産新興の信仰がある。(境内掲示より)

春季例祭4月8日、秋季例祭10月15日(北多摩神道青年会掲示より)

上棟札1枚・加藤清正退治絵馬文政4年(1821)8月奉納(東久留米市指定文化財)、南沢獅子舞(東久留米市指定無形民俗文化財)


◎祭神など:

・須佐之男命(スサノオノミコト)

・櫛稲田姫命(クシイナダヒメノミコト)

・大己貴命(オオムナムチノミコト)


◎周辺状況:

空間位置・面積等・植生など:

北側に落合川が流れており、南からの段丘々陵の支尾根の末端の高まりの上に鎮座している。西側と北側は斜面になっており、東側は道路掘削で切り取られている。社叢は豊かで、武蔵野丘陵地特有の自然林と植栽された樹木とが混交している。神木は大径木のクスノキで階段の上部右側にある。社殿北側の川との斜面にはクヌギを主体としてイヌシデ、ケヤキ、シラカシ等の斜面林となっている。

社殿、境内は社叢で取り囲まれており継続して維持したいものである。


▼樹木配置図


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▼地図(南沢氷川神社へのアクセス)





【参考資料(リンク)wikipedia】

ケヤキイヌシデシラカシアラカシムクノキクスノキイロハモミジ

ソメイヨシノスギユズリハクヌギコナラサカキメタセコイアナギ

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須佐之男命

櫛稲田姫命

大己貴命(大国主命)

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加藤清正

南沢獅子舞

落合川



by shasou373 | 2018-12-01 00:01 | ■ 関東地域

東伏見氷川神社

◎神 社 名 :東伏見氷川神社
◎住  所:〒202-0021 西東京市東伏見2-6-13
◎調査月日:2018(平成30)年3月10日(土)

◎由来など:
柳沢氷川神社の創建年代は不詳。上保谷村の小名平松を開拓した際に村民が勧請したものと推定される。1915(大正4)年、尉殿神社に合祀され廃社となったが、1942(昭和17)年、浦和市蓮見新田の氷川神社を引宮し再建、1984(昭和59)年、榛名社を合祀した。


◎祭神など:
須佐之男命(スサノオノミコト)


◎周辺状況: 

 比較的新しく遷座されているので社叢としての観るべきものはないが、立木の径はかなり太いものが目立つ。主にクロマツが目立つ。社殿の裏手には常緑の低木類が植栽されている。全体的に更新できるような樹相ではない。


▼樹木配置図

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▼地図(東伏見氷川神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

ウメクロマツザクロモミジビワキンカンサクラ

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須佐之男命



by shasou373 | 2018-03-10 00:02 | ■ 関東地域

上野田氷川神社

◎神 社 名 :上野田氷川神社(かみのだひかわじんじゃ)

◎住  所:〒336-0977 埼玉県さいたま市緑区上野田78

◎調査月日:2017(平成29)年4月1日(土)


◎由来など:

見沼代用水東縁の流域の農業地域の一角にある上野田は、江戸中期から将軍家の保護のもと「野田の鷺山」として知られ、鷺の一大繁殖地であった。昭和40年代以降、環境の変化などのため、鷺の飛来は絶えてしまった。

当社は、この上野田の鎮守として祀られてきた神社で、『風土記稿』上野田村の項にも「氷川社村の鎮守なり、照光寺持末社雷神社」と載る。当社の創建の年代は不明であるが、村民の菩提寺となってきた曹洞宗の照光寺の創立が寺伝に承応年間(1652~55)とあるところから、当社もまた村の発展に伴って照光寺と同時期に勧請されたものと思われる。ちなみに、照光寺は、元来は当社の裏手にあったが、神仏分離の後、現在地に移転した。

当社の本殿は明治25年12月、拝殿は同41年9月に改築され、同じく41年11月には、同大字字東台の村社天神社とその境内社の稲荷社・琴平社・疱瘡社の三社を合祀した。(「埼玉の神社」より)


◎祭神など:

・素戔嗚尊(スサノオノミコト)


空間位置・面積等・植生など:

西側を流れる見沼代用水東縁の遊歩道から見るとこんもりした森に見えて神社の存在は気づかれないが、東の県道からは鳥居が有り参道が続いている。西側は「斜面林」となっているので自然林らしき様相になっている。社叢はシラカシを主体と樹相である。

社殿の北側は中低木はなく高木のみで、刈り払いがされていた。東側は畑につづいており開けている。スギと思われる大径木の伐採痕がいくつか見られる。

境内はきれいに保たれており、手入れはされている。


▼樹木配置図


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シラカシスギ


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▼地図(上野田氷川神社へのアクセス)



(地図中のYahoo Japanのロゴをクリックして頂くと、大きな地図でご覧頂けます)


【参考資料(リンク)wikipedia】

素戔嗚尊


by shasou373 | 2017-04-01 00:04 | ■ 関東地域

中山神社【中氷川神社】

◎神 社 名 :中山神社(中氷川神社)(なかやまじんじゃ)

◎住  所:〒337-0043 埼玉県さいたま市見沼区中川143

◎調査月日:2017(平成29)年4月1日(土)


◎由来など:

創建不詳。

大宮台地には侵食による多くの谷があり、中でも大規模なものが当社の南側を流れる芝川の谷で、この谷は大宮台地からの湧水や見沼をはじめとするたくさんの沼を抱えた沼沢地であった。

現在の社号は、明治四十年に当地中川をはじめとする片柳村の西部に位置する南中野・新右衛門新田・上山口新田・南中丸の各大字に祀られていた神社が、当社に合祀されたことにより、それまでの社号であった「氷川社」を鎮座地中川の「中」と江戸期の新田開発以来、氏子付き合いを続けてきた上山口新田の「山」を合わせて中山神社と改称したものである。

しかし、現在も氏子の中では、かつての社号である氷川社当時のままに、「氷川様」と呼ぶ人が多い。

また、当社は武蔵一宮で高鼻に鎮座する氷川神社と浦和市三室(宮本)に鎮座する氷川女体神社を結ぶ線上のほぼ中間に位置することから、古くより関係の深い社として「中氷川神社」とも呼ばれていた。更に、この三社については、各社共に素盞嗚命・稲田姫命・大巳貴命の三座を主祭神に挙げながらも、それぞれ筆頭とする祭神を高鼻の氷川神社は素盞嗚命で男体社に、三室の氷川女体神社は稲田姫命で女体社に、そして、当社を大巳貴命で、先の二神の子に当たるとして簸(氷)王子社というように、この三社で『延喜式』神名帳武蔵国足立郡四座の内の名神大社氷川神社であったとする説もある。(「埼玉の神社」より)


◎祭神など:

・大巳貴命(オオナムチノミコト)

・素盞嗚命(スサノオノミコト)

・稲田姫命(イナダヒメノミコト)


空間位置・面積等・植生など:

長い参道をもつ神社で東西に細長い敷地である。南側には住宅が迫り、北側は道路工事のため削られて斜面になっている。

「一帯は40年前からの区画整理のためどのくらい神社敷地が削られてしまうかは不確定。参道は西半分がなくなってしまうことはほぼ決まっている(宮司談)」。なかなか交渉が進まず困っているとのこと。

また、スギやヒノキが住宅地側にあるため倒木の不安が住民にあるようで、神社としては苦慮している。残る予定の参道も横切る第二産業道路から二の鳥居の間は道路として今も使われているため拡張する計画があり、スギヒノキの並木を伐採しなくてはならなくなるかもしれない心配もあると話していた。氏子は中川地区で現在70人である。

社叢としては埼玉の平地林の典型のようなシラカシ、ケヤキ、シデ類を主体として構成されており、そこにスギヒノキや他の樹種の植林がされている。比較的よく残されており、保存保全を進める必要があると思われる。



▼樹木配置図


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スギヒノキシラカシケヤキシデ類


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中山神社【中氷川神社】_d0361999_09370900.jpg


▼地図(中山神社へのアクセス)



(地図中のYahoo Japanのロゴをクリックして頂くと、大きな地図でご覧頂けます)


【参考資料(リンク)wikipedia】

大巳貴命

素盞嗚命

稲田姫命



by shasou373 | 2017-04-01 00:01 | ■ 関東地域

赤坂氷川神社

◎神 社 名 :赤坂氷川神社(あかさかひかわじんじゃ)

◎住  所:〒107-0052 東京都港区赤坂6-10-12

◎調査月日:2017(平成29)年3月4日(土)


◎由来など:

旧記によれば、951(天暦5)年、武州豊島郡人次ヵ原俗称古呂故ヵ岡(赤坂小学校台地)に創祀した。

また1066(冶暦2)年、早魃のため祭事をはじむと旧記に伝える。江戸時代、幕府の尊信篤く、八代吉宗公将軍職を継ぐに至り、紀州徳川赤坂屋敷(旧赤坂離宮)の産土神由縁により、1729(享保14)年、赤坂今井台に神徳を謝し現社殿を造営、翌年遷宮行なわれ、爾後代々将軍直拝、朱印を下付される。

1929(昭和4)年、遷座二百年祭にあたり、社殿朱漆塗替、格天井の花鳥壁間鳳の絵図を加え、丹青荘重善美を尽くす。

1945(昭和20)年5月、戦災により、手水舎・神楽殿・神輿庫・額殿・神輿三基を焼失した。(東京都神社名鑑より)

東京十社


◎祭神など:

・素盞嗚尊(スサノオノミコト)

・奇稲田姫命(クシナダヒメノミコト)

・大己貴命(オオムナムチノミコト)


空間位置・面積等・植生など:

市街地の中にあって社叢が繁茂してオアシス的な存在感がある。一部公園化しているところもあるが神木のイチョウ(胸高直径145㎝)もあり、第一鳥居から第二鳥居付近ではシラカシ、スダジイ、ケヤキなど関東の平野部特有の樹種も多い。植樹と思われるイチョウ、クスノキ、サクラ類も多々ある。

東側からの参道は、崖線を上がる階段があるが、その付近で斜面林としての自然植生が一部にある。



▼樹木配置図


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イチョウシラカシスダジイケヤキクスノキサクラ


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▼地図(赤坂氷川神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

素盞嗚尊

奇稲田姫命

大己貴命(大国主)



by shasou373 | 2017-03-04 00:07 | ■ 関東地域

「社叢見守り隊」の調査報告を掲載しております。


by shasou373