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本郷氷川神社

◎神 社 名:本郷氷川神社(ほんごうひかわじんじゃ)

◎住  所:〒359-0022 所沢市本郷676

◎調査月日:2019(平成31)年1月5日(土)


◎由来など:

当社は、この村の旧家である久瀬川家の屋敷鎮守であった八雲社が、後に村持ちとなったものである。口碑に、次のような話がある。寛永年間、当村にコロリ(コレラ)がはやり、多くの村人が倒れた。この時、久瀬川家の一人暮らしの老婆が村人の不幸を見兼ねて次々と看病に回った。しかし、不思議なことに老婆には病が移らないので村人が何故うつらないのかと尋ねると、屋敷の天王様を信仰しているから病魔が近寄らないのだと答えた。このため、天王様を信仰するものが増え、村人も悪病にならぬように一心に拝んだという。また、病にかかると家族や近所の人たちがお百度と称して、裸足参りで神社の庭草を踏むと治るといわれた。

社地は、神社が村持ちとなるに当たり、氏子の久瀬川・山崎の両家持ちの山を切り崩して境内とした。社殿は真南を向き、氏子の健康を祈る様に村を見下ろせる地に鎮まる。主祭神は素盞鳴命で、内陣には三河の方から背負って来たと伝えられる石棒を安置している。

明治41(1908)年、旧松井村大字下安松宇和田横道南に鎮座する村社氷川神社を合併し、無格社であった当社は村社に昇格し、社号も氷川神社と改められた。加えて同年、当地の字神明原の神明社と境内社の稲荷社、字下前の八幡社、字西上の稲荷社を合祀した。(「埼玉の神社」より)


◎祭神など:

・素戔嗚尊(スサノオノミコト)


◎周辺状況:

柳瀬川河岸段丘の所沢台地の中腹にある神社である。集落を見下ろすように造られており、階段の途中には所沢市の保存樹木指定のクスノキ2本胸高直径70~80cmがそびえている。境内は斜面途中にあり、植栽のサクラやユズリハ、ソヨゴ、サカキなどがある。また、境内背後は武蔵野のクヌギ、コナラなどの雑木林である。社叢としてはほとんど無いが雑木林の存在が今後どうなるか配慮されることを願う。



▼樹木配置図



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▼地図(本郷氷川神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

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寛永年間(1624〜1645)


by shasou373 | 2019-01-05 00:03 | ■ 関東地域

南沢氷川神社

◎神 社 名:南沢氷川神社(みなみさわひかわじんじゃ)

◎住  所:〒203-0023 東久留米市南沢3-5-8

◎調査月日:2018(平成30)年12月1日(土)


◎由来など:

当社は落合川上流「沢頭」湧水群のある自然緑地に鎮座し、古くより水の神として奉斎されていたが、部落の開発に伴い、出雲国薮の川の故事にならい、河川を疎通、社殿を建立して氷川大明神と称した。創立年代不詳なるも、現存の棟札によれば、承応3年(1654)2月25日神主栗原宋女輔、久世大和守、地頭神谷与七郎、仝峰屋半之丞、南沢村、田無村、入間村、下新井村総氏子中とあり広範囲の氏子信徒により再建された社である。現社殿は昭和46年9月新築された。

祭神須佐之男命は出雲の男神で、その荒魂は破邪顕正の威力を発揮したまい除災招福、疫病退散、殖産新興の信仰がある。(境内掲示より)

春季例祭4月8日、秋季例祭10月15日(北多摩神道青年会掲示より)

上棟札1枚・加藤清正退治絵馬文政4年(1821)8月奉納(東久留米市指定文化財)、南沢獅子舞(東久留米市指定無形民俗文化財)


◎祭神など:

・須佐之男命(スサノオノミコト)

・櫛稲田姫命(クシイナダヒメノミコト)

・大己貴命(オオムナムチノミコト)


◎周辺状況:

空間位置・面積等・植生など:

北側に落合川が流れており、南からの段丘々陵の支尾根の末端の高まりの上に鎮座している。西側と北側は斜面になっており、東側は道路掘削で切り取られている。社叢は豊かで、武蔵野丘陵地特有の自然林と植栽された樹木とが混交している。神木は大径木のクスノキで階段の上部右側にある。社殿北側の川との斜面にはクヌギを主体としてイヌシデ、ケヤキ、シラカシ等の斜面林となっている。

社殿、境内は社叢で取り囲まれており継続して維持したいものである。


▼樹木配置図


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▼地図(南沢氷川神社へのアクセス)





【参考資料(リンク)wikipedia】

ケヤキイヌシデシラカシアラカシムクノキクスノキイロハモミジ

ソメイヨシノスギユズリハクヌギコナラサカキメタセコイアナギ

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須佐之男命

櫛稲田姫命

大己貴命(大国主命)

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加藤清正

南沢獅子舞

落合川



by shasou373 | 2018-12-01 00:01 | ■ 関東地域

東伏見氷川神社

◎神 社 名 :東伏見氷川神社
◎住  所:〒202-0021 西東京市東伏見2-6-13
◎調査月日:2018(平成30)年3月10日(土)

◎由来など:
柳沢氷川神社の創建年代は不詳。上保谷村の小名平松を開拓した際に村民が勧請したものと推定される。1915(大正4)年、尉殿神社に合祀され廃社となったが、1942(昭和17)年、浦和市蓮見新田の氷川神社を引宮し再建、1984(昭和59)年、榛名社を合祀した。


◎祭神など:
須佐之男命(スサノオノミコト)


◎周辺状況: 

 比較的新しく遷座されているので社叢としての観るべきものはないが、立木の径はかなり太いものが目立つ。主にクロマツが目立つ。社殿の裏手には常緑の低木類が植栽されている。全体的に更新できるような樹相ではない。


▼樹木配置図

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▼地図(東伏見氷川神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

ウメクロマツザクロモミジビワキンカンサクラ

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須佐之男命



by shasou373 | 2018-03-10 00:02 | ■ 関東地域

上野田氷川神社

◎神 社 名 :上野田氷川神社(かみのだひかわじんじゃ)

◎住  所:〒336-0977 埼玉県さいたま市緑区上野田78

◎調査月日:2017(平成29)年4月1日(土)


◎由来など:

見沼代用水東縁の流域の農業地域の一角にある上野田は、江戸中期から将軍家の保護のもと「野田の鷺山」として知られ、鷺の一大繁殖地であった。昭和40年代以降、環境の変化などのため、鷺の飛来は絶えてしまった。

当社は、この上野田の鎮守として祀られてきた神社で、『風土記稿』上野田村の項にも「氷川社村の鎮守なり、照光寺持末社雷神社」と載る。当社の創建の年代は不明であるが、村民の菩提寺となってきた曹洞宗の照光寺の創立が寺伝に承応年間(1652~55)とあるところから、当社もまた村の発展に伴って照光寺と同時期に勧請されたものと思われる。ちなみに、照光寺は、元来は当社の裏手にあったが、神仏分離の後、現在地に移転した。

当社の本殿は明治25年12月、拝殿は同41年9月に改築され、同じく41年11月には、同大字字東台の村社天神社とその境内社の稲荷社・琴平社・疱瘡社の三社を合祀した。(「埼玉の神社」より)


◎祭神など:

・素戔嗚尊(スサノオノミコト)


空間位置・面積等・植生など:

西側を流れる見沼代用水東縁の遊歩道から見るとこんもりした森に見えて神社の存在は気づかれないが、東の県道からは鳥居が有り参道が続いている。西側は「斜面林」となっているので自然林らしき様相になっている。社叢はシラカシを主体と樹相である。

社殿の北側は中低木はなく高木のみで、刈り払いがされていた。東側は畑につづいており開けている。スギと思われる大径木の伐採痕がいくつか見られる。

境内はきれいに保たれており、手入れはされている。


▼樹木配置図


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シラカシスギ


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▼地図(上野田氷川神社へのアクセス)



(地図中のYahoo Japanのロゴをクリックして頂くと、大きな地図でご覧頂けます)


【参考資料(リンク)wikipedia】

素戔嗚尊


by shasou373 | 2017-04-01 00:04 | ■ 関東地域

中山神社【中氷川神社】

◎神 社 名 :中山神社(中氷川神社)(なかやまじんじゃ)

◎住  所:〒337-0043 埼玉県さいたま市見沼区中川143

◎調査月日:2017(平成29)年4月1日(土)


◎由来など:

創建不詳。

大宮台地には侵食による多くの谷があり、中でも大規模なものが当社の南側を流れる芝川の谷で、この谷は大宮台地からの湧水や見沼をはじめとするたくさんの沼を抱えた沼沢地であった。

現在の社号は、明治四十年に当地中川をはじめとする片柳村の西部に位置する南中野・新右衛門新田・上山口新田・南中丸の各大字に祀られていた神社が、当社に合祀されたことにより、それまでの社号であった「氷川社」を鎮座地中川の「中」と江戸期の新田開発以来、氏子付き合いを続けてきた上山口新田の「山」を合わせて中山神社と改称したものである。

しかし、現在も氏子の中では、かつての社号である氷川社当時のままに、「氷川様」と呼ぶ人が多い。

また、当社は武蔵一宮で高鼻に鎮座する氷川神社と浦和市三室(宮本)に鎮座する氷川女体神社を結ぶ線上のほぼ中間に位置することから、古くより関係の深い社として「中氷川神社」とも呼ばれていた。更に、この三社については、各社共に素盞嗚命・稲田姫命・大巳貴命の三座を主祭神に挙げながらも、それぞれ筆頭とする祭神を高鼻の氷川神社は素盞嗚命で男体社に、三室の氷川女体神社は稲田姫命で女体社に、そして、当社を大巳貴命で、先の二神の子に当たるとして簸(氷)王子社というように、この三社で『延喜式』神名帳武蔵国足立郡四座の内の名神大社氷川神社であったとする説もある。(「埼玉の神社」より)


◎祭神など:

・大巳貴命(オオナムチノミコト)

・素盞嗚命(スサノオノミコト)

・稲田姫命(イナダヒメノミコト)


空間位置・面積等・植生など:

長い参道をもつ神社で東西に細長い敷地である。南側には住宅が迫り、北側は道路工事のため削られて斜面になっている。

「一帯は40年前からの区画整理のためどのくらい神社敷地が削られてしまうかは不確定。参道は西半分がなくなってしまうことはほぼ決まっている(宮司談)」。なかなか交渉が進まず困っているとのこと。

また、スギやヒノキが住宅地側にあるため倒木の不安が住民にあるようで、神社としては苦慮している。残る予定の参道も横切る第二産業道路から二の鳥居の間は道路として今も使われているため拡張する計画があり、スギヒノキの並木を伐採しなくてはならなくなるかもしれない心配もあると話していた。氏子は中川地区で現在70人である。

社叢としては埼玉の平地林の典型のようなシラカシ、ケヤキ、シデ類を主体として構成されており、そこにスギヒノキや他の樹種の植林がされている。比較的よく残されており、保存保全を進める必要があると思われる。



▼樹木配置図


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スギヒノキシラカシケヤキシデ類


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▼地図(中山神社へのアクセス)



(地図中のYahoo Japanのロゴをクリックして頂くと、大きな地図でご覧頂けます)


【参考資料(リンク)wikipedia】

大巳貴命

素盞嗚命

稲田姫命



by shasou373 | 2017-04-01 00:01 | ■ 関東地域

赤坂氷川神社

◎神 社 名 :赤坂氷川神社(あかさかひかわじんじゃ)

◎住  所:〒107-0052 東京都港区赤坂6-10-12

◎調査月日:2017(平成29)年3月4日(土)


◎由来など:

旧記によれば、951(天暦5)年、武州豊島郡人次ヵ原俗称古呂故ヵ岡(赤坂小学校台地)に創祀した。

また1066(冶暦2)年、早魃のため祭事をはじむと旧記に伝える。江戸時代、幕府の尊信篤く、八代吉宗公将軍職を継ぐに至り、紀州徳川赤坂屋敷(旧赤坂離宮)の産土神由縁により、1729(享保14)年、赤坂今井台に神徳を謝し現社殿を造営、翌年遷宮行なわれ、爾後代々将軍直拝、朱印を下付される。

1929(昭和4)年、遷座二百年祭にあたり、社殿朱漆塗替、格天井の花鳥壁間鳳の絵図を加え、丹青荘重善美を尽くす。

1945(昭和20)年5月、戦災により、手水舎・神楽殿・神輿庫・額殿・神輿三基を焼失した。(東京都神社名鑑より)

東京十社


◎祭神など:

・素盞嗚尊(スサノオノミコト)

・奇稲田姫命(クシナダヒメノミコト)

・大己貴命(オオムナムチノミコト)


空間位置・面積等・植生など:

市街地の中にあって社叢が繁茂してオアシス的な存在感がある。一部公園化しているところもあるが神木のイチョウ(胸高直径145㎝)もあり、第一鳥居から第二鳥居付近ではシラカシ、スダジイ、ケヤキなど関東の平野部特有の樹種も多い。植樹と思われるイチョウ、クスノキ、サクラ類も多々ある。

東側からの参道は、崖線を上がる階段があるが、その付近で斜面林としての自然植生が一部にある。



▼樹木配置図


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イチョウシラカシスダジイケヤキクスノキサクラ


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▼地図(赤坂氷川神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

素盞嗚尊

奇稲田姫命

大己貴命(大国主)



by shasou373 | 2017-03-04 00:07 | ■ 関東地域

「社叢見守り隊」の調査報告を掲載しております。


by shasou373