顕宗仁賢神社

◎神 社 名:顕宗仁賢神社(けんそうにんけんじんじゃ)
◎住  所:〒651-2222 神戸市西区押部谷町木津569
◎調査月日:2018(平成30)年4月11日(水)

◎由来など:
(創建)仁賢天皇11年(498)9月23日に勅を受けて創建したと伝えられる。
(由緒)皇位継承争いで雄略天皇に殺された市辺押磐皇子には弘計・億計の二皇子があった。まだ幼い兄弟は丹波を経て明石郷に逃げ、縮見の里の長・忍海部造細目の屋敷に牛飼いとして住み込み、水汲みや秣かりなど炎暑寒冷をいとわずに働いた。
清寧天皇2年11月、細目の屋敷の新築祝いに参列した播磨の伊与来目部小楯の前で、兄弟は自分たちは押磐皇子の子であると唄い舞った。これを聞いた小楯は、二皇子のために里人を集め仮り宮の「柴垣の宮」を造り、都へ知らせた。知らせを受けた清寧天皇は、大いに喜ばれ二皇子を都に迎え入れて世継ぎとされた。
そして弟の弘計が顕宗天皇に、兄の億計が仁賢天皇となった。この「柴垣の宮」の跡が顕宗仁賢神社だと言い伝えられている。神社の一部に柴垣を編んでいるのは、今もこの遺風を伝えるものである。

◎祭神など:
・顕宗天皇(ケンソウテンノウ)
・仁賢天皇(ニンケンテンノウ)
・大日孁命(オオヒルメノミコト)

◎周辺状況:
農耕地の丘の山麓部、集落 (市街化調整区域)

◎境内面積:
見た目では1,900㎡

◎社叢状況:
常緑広葉樹林(アラカシ,カゴノキ,ヤブニッケイ,ヤブツバキ)。広場には巨木の神木ヒノキ。

◎社叢見所:
神木ヒノキ

▼樹木配置図


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▼地図(顕宗仁賢神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

イチョウソメイヨシノヒノキタイサンボクムクノキ

エノキヤブツバキカゴノキケヤキヤブニッケイツガ

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顕宗天皇
仁賢天皇
大日孁命(天照大神)

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雄略天皇

市辺押磐皇子

清寧天皇



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# by shasou373 | 2018-04-11 00:01 | ■ 近畿地域

飯守神社

◎神 社 名 :飯守神社(いいもりじんじゃ)
◎住  所:〒195-0051 東京都町田市真光寺町189
◎調査月日:2018(平成30)年4月7日(土)

◎由来など:

 慶安3年(1650)3月領主飯田次郎右衛門高家・観泉寺悩山門龍等によって遷宮され飯盛明神と称した。又鳥居下から古墳時代前期の祭祀用土器が出土し当地が昔からの神域であった事が窺われる。文化7年(1810)遷座の後、新編武蔵風土記は「本社に覆屋あり」と述べている。以前から当社は、武蔵の総社「六所宮」(現大国魂神社)と関わり深く、総社例大祭時の献饌之儀に御食を司って居たことから社名「いいもり」が起こったと伝えられる。明治4年飯守神社と改められ、大正2年境内末社が合祀され(境内東地区に跡地が残る)昭和29年宗教法人となる。(境内掲示より)


◎祭神など:
興津彦命(オキツヒコノミコト)


◎周辺状況:

 真光寺川の上流にあり、台地の支台末端の斜面に鎮座する。社殿は南西向きで有り、新しく新築されているようだ。また神楽殿も同様で観覧の席も斜面上に工夫されている。車道が東側からあがっており社殿東側の広場に通じている。社叢はほとんど30~40年生のスギの植林だが清楚な感じを醸している。また、向って左側にケヤキの巨木が有り、神木となっている。広場の東側は斜面林となっていて自然林が分布している。


▼樹木配置図

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▼地図(飯守神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

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興津彦命(かまど神より)
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# by shasou373 | 2018-04-07 00:03 | ■ 関東地域

神明神社

◎神 社 名 :神明神社(しんめいじんじゃ)
◎住  所:〒195-0052 町田市広袴町444
◎調査月日:2018(平成30)年4月7日(土)

◎由来など:

 創建の年代は明らかではないが、嘉永7年(1854)の「村差出明細帳」に神明社とあり、『風土記稿』に小社の儀故旧来より神主無く、村内妙全院(別当)で守護していたとある。昭和22年氏子の労力奉仕により山を切り開き、現在の地に本殿覆宮、幣殿(洗心舎)、拝殿を建立して昭和24年11月遷宮祭並竣功奉祝祭が斎行された。昭和29年には宗教法人となり、さらに平成七年には拝殿が大改修された。(境内掲示より


◎祭神など:
天照大神(アマテラスオオミカミ)


◎周辺状況: 

川崎市と町田市の境の小尾根上にあり、南の展望が良い尾根である。ここには関東平野の植生であるシラカシ等のカシ類、イヌシデなどのシデ類、そしてケヤキ、コナラなどの高木層やヒサカキ、アオキ等の常緑広葉樹も低木層として多い。社殿は南向きで長い階段上に有り、周囲にはイチョウをはじめサクラ、スギなどが植栽されている。氏子組織もあり、こじんまりとした神社ではあるが清掃が行き届いており好ましい境内である。


▼樹木配置図


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▼地図(神明神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

イチョウスギサクラシラカシイヌシデ

ミズキクヌギクスノキケヤキコナラ

ヒサカキアオキカシ類シデ類

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天照大神



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# by shasou373 | 2018-04-07 00:02 | ■ 関東地域

能ヶ谷神社

◎神 社 名:能ヶ谷神社(のうがやじんじゃ)
◎住  所:〒195-0053 町田市能ヶ谷6-20-1
◎調査月日:2018(平成30)年4月7日(土)

◎由来など:

当社はもと東照宮とよばれ正保年間(1644〜1647)の創建。安永元年(1854)4月に再建される。明治10年6月には村社に列せられる。大正3年4月谷戸の住吉神社(文治6年創立)下能ヶ谷の天照大神社(応永2年創立)上能ヶ谷の表谷神社(文明9年創立)並び神明社(創立年代不詳)の四社を以前からの東照宮に合祀し大正3年社名を能ヶ谷神社とした。現社殿は昭和6〜7年の再建によるものである。(境内掲示より)


◎祭神など:
徳川家康公
・天照大神
表筒男命(ウワツツノオノミコト)
・中筒男命(ナカツツノオノミコト)
・底筒男命(ソコツツノオノミコト)
・大山咋神(オオヤマクイノカミ)


◎周辺状況:
 真光寺川が南に流れている北側の台地の上に鎮座している。経年、火災にて焼失した社殿は復興して新しくなってはいる。社叢は周囲に植栽されたと思われるものが多い。ほとんど火事と復興のため社殿の後ろ側も駐車場となっていたが、東側の斜面林はシラカシ、アラカシ、コナラなどの混交林であり豊かなので見劣りはしない。

▼樹木配置図


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▼地図(能ヶ谷神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

モチノキヤブツバキ(ツバキ)サクラモッコク

クヌギウメマサキシラカシコナラアラカシ

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徳川家康公

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真光寺川



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# by shasou373 | 2018-04-07 00:01 | ■ 関東地域

網敷天満神社

◎神 社 名 :網敷天満神社(つなしきてんまんじんじゃ)
◎住  所:〒658-0047 神戸市東灘区御影1-22-25
◎調査月日:2018(平成30)年3月21日(水)

◎由来など:
天道根命が別雷大神を御影山手の天神山にお祀りしたことに始まる。
次に聖徳太子が四天王寺建立のため御影山より良質の石を求められた時に蒼稲魂神を合祀した。その後、十三世紀の初めごろ、菅原道真公の九世の孫である菅原善輝公が、道真公のゆかりの深い現在の鎮座地に社を建立し綱敷天満神社と社名を定め、別雷神と蒼稲魂神を合わせ祀った。

◎祭神など:
・菅原道真大神(スガワラミチザネオオカミ)
・別雷大神(ワケイカズチノオオカミ)
・蒼稲魂大神(ウカノミタマノオオカミ)

◎周辺状況:
第二種中高層住居専用地域及ぶ第一種中高層住居専用地域と第一種住居地域、住宅地、川の土手下

◎境内面積:
見た目では4,200㎡

◎社叢状況:
ムクノキ大木林

◎社叢見所:
境内はムクノキに覆われる

▼樹木配置図

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▼地図(網敷天満神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

クスノキムクノキマツ

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菅原道真大神
蒼稲魂大神

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聖徳太子

四天王寺

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御影山(御影山手)



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# by shasou373 | 2018-03-21 00:06 | ■ 近畿地域

「社叢見守り隊」の調査報告を掲載しております。


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