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小野八幡神社

◎神 社 名小野八幡神社(おのはちまんじんじゃ)

◎住  所〒651-0085 神戸市中央区八幡通4-1-37

◎調査月日2019年1月29日(火)


◎由来など

源平の戦いの時、生田の森で戦死した源氏の河原太郎・次郎兄弟のために源頼朝が報恩寺を建て、その鎮守として仁和三年(889)に創建されたと言い伝えられている。

旧小野新田村の氏神。現在は自動車をはじめとする交通安全厄除け祈願が有名で、信仰を集めている他、境内に祀られている巳神社は、人と人との出会いをかなえさせてくれると信仰されている。(神戸の神社市内310社案内より)


◎祭神など

・応神天皇(オウジンテンノウ)


◎周辺状況

神戸市役所前2筋東のビル街(商業地域)


◎境内面積:

1,438㎡(建築計画標識)


◎社叢状況

全域再開発工事中に付き鉢植え樹木のみ


◎社叢見所

社叢創設へのゼロからの出発


▼樹木配置図


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▼地図(小野八幡神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

応神天皇

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源平の戦い(治承・寿永の乱)

源頼朝



# by shasou373 | 2019-01-29 00:01 | ■ 近畿地域

中里富士塚

◎神 社 名:中里富士塚中里富士塚(なかざとふじづか)

◎住  所:〒204-0003 東京都清瀬市中里3-991-1

◎調査月日:2019(平成31)年1月5日(土)


◎由来など:

富士山は古くから信仰対象の山とされてきていますが、特に江戸時代中期には富士登拝の風潮が盛んとなりました。しかし、実際の富士登山は経済的負担が大きく、危険が伴うことから、富士登山のできない人々のために富士塚が各地で築かれました。

中里の富士塚は、文政8年(1825年)に丸嘉講武州田無組中里講社の講徒によって、柳瀬川右岸の段丘縁辺地に築かれました。現在の富士塚は、周囲より約9mの高さです。富士塚の北側に設けられた鳥居をくぐると、登山道が九十九折りに続き、途中一合目から九合目までの小さな石柱があります。

山頂には石製小祠と大日如来を刻んだ石碑があり、登山口と登山道の途中にも様々な富士信仰に関係する碑が建てられています。また、登山道に向かって右側山麓に、現在は閉鎖されていますが横穴が掘られています。この横穴は、富士山麓の風穴と呼ばれる洞窟をくぐることによって安産の利益があるという胎内巡りを模して掘られた横穴です。今日でも富士登山や火の花祭りなどの講行事が継続され、関係する武州田無組丸嘉講中里講社関係資料も含めて東京都指定有形民俗文化財に指定されています。(清瀬市HPより)


◎祭神など:

・此花咲耶姫命(コノハナサクヤビメ)


◎周辺状況:

都の文化財で、かなり良く整備されている。しかし、樹木が成長しているので富士は望めない。



▼樹木配置図

調査せず


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▼地図(中里富士塚へのアクセス)





【参考資料(リンク)wikipedia】

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# by shasou373 | 2019-01-05 01:02 | ■ 関東地域

城山神社

◎神 社 名:城山神社(城山城趾)(しろやまじんじゃ)

◎住  所:〒359-0013 埼玉県所沢市城大字城357

◎調査月日:2019(平成31)年1月5日(土)


◎由来など:

当社の鎮守する城の地名は、地内に滝ノ城と呼ばれた城が築かれていたことによる。滝ノ城は八王子の城主北條氏照の麾下で、その城主は太田下野守であったが、天正18年(1590)に落城した。

当社の歴史を、口碑は「古くから祀られていた神社が、城が作られたことによりお城の神社となり、やがて落城と共に壊れ、その後十数年たって村民が再び祀った」という。

『武蔵野話』に「本城の跡に愛宕権現の祠あり、神体は立鳥帽子をかむりし馬上の石像にてたけ一尺ばかりもあり、頭大きく不調法なる細工なれども古雅なり、城主太田下野守の像なりといへり」と載せる。また『風土記稿』愛宕社の項にも「城跡の頂上本丸の跡と思しき所にあり、神体は石にて作る、馬上の像なり、本郷村東福寺持」とある。

字松井には明治初めに廃された氏照院の寺跡がある。同院は自害した領主北條氏照の菩提を家臣が弔うために建立した寺で、神仏分離までは当社を管理していたという。

明治5年(1872)に村社となり、同41年(1908)には「承暦年中創立し築城に当たり湮滅、慶長年中再建」と伝える熊野神社、広ヶ谷戸にあった旧城内鎮守天神社、北原にあった城の鬼門除けの八幡神社、村内にあった稲荷二社を合祀し、同時に愛宕神社の社名を城跡にちなんで現社号に改めた。祭神は軻遇突智命である。(「埼玉の神社」より)


◎祭神など:

・宇迦之魂命(ウカノミタマノミコト)


◎周辺状況:

柳瀬川流域の所沢台地の一角にあり、現在の神社はかっての平山城の跡に祀られた神社である。南側に川が流れており崖になっていて、本丸跡なので周囲は堀が巡らされている。

境内にはぐるりとサクラ(ソメイヨシノ)が植栽されているが、社殿向かって右側にはイヌシデの大径木がある。また、左側には夫婦樫と称し、神木であるアラカシの大径木がある。正殿真後ろにはクスノキが植栽されているし、スギなども植栽した形跡があり何本か残っている。また、神社周囲は関東の平地林の典型である「シラカシーケヤキ林」であるが、林床はこのあたりが保護されているのでカタクリなども観られる。


▼樹木配置図

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▼地図(城山神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

スギクスノキシラカシアラカシシデカエデ

サクラケヤキイヌシデアカマツ

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宇迦之魂命

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愛宕権現

滝ノ城

平山城

北條氏照

天正年間

柳瀬川



# by shasou373 | 2019-01-05 00:05 | ■ 関東地域

下組八幡稲荷神社

◎神 社 名:下組八幡稲荷神社(しもぐみはちまんいなりじんじゃ)

◎住  所:〒359-0022 埼玉県所沢市本郷366

◎調査月日:2019(平成31)年1月5日(土)


◎由来など:

稲荷大明神は、平安時代末期より福徳を授かる神として信仰をあつめる最もなじみの深い神様である。当本郷下組の稲荷神社は、以前、本郷原の通称お伊勢山神明社境内に祀られていたが、明治末期に本郷中央の氷川神社と合社の際、八幡神社跡地であるこの場所に移され、今日に至っている。この間、大正の中期に社殿が荒廃したため先人が補修したが、近年、お伊勢山より移築以来数十年の歳月が過ぎ、補修もきかない状態となったため新築することになり、昭和五十年七月下旬に建設に着手し、同年九月十四日に竣工落成した。

下組稲荷神社は落成後、下組八幡稲荷神社と改名された。(埼玉県・所沢市掲示より)

◎祭神など:

・倉稲魂命(ウカノミタマ)


◎周辺状況:

柳瀬川河岸段丘の所沢台地の中腹にある神社である。集落を見下ろすように造られており、階段の途中には所沢市の保存樹木指定のクスノキ2本胸高直径70~80cmがそびえている。境内は斜面途中にあり、植栽のサクラやユズリハ、ソヨゴ、サカキなどがある。また、境内背後は武蔵野のクヌギ、コナラなどの雑木林である。社叢としてはほとんど無いが雑木林の存在が今後どうなるか配慮されることを願う。


▼樹木配置図



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▼地図(下組八幡稲荷神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

・サクラ/モミジ/ビワ/サカキ/ヒサカキ/サザンカ
・シュロ/イチョウ/クスノキ/ソヨゴ/ユズリハ
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# by shasou373 | 2019-01-05 00:04 | ■ 関東地域

本郷氷川神社

◎神 社 名:本郷氷川神社(ほんごうひかわじんじゃ)

◎住  所:〒359-0022 所沢市本郷676

◎調査月日:2019(平成31)年1月5日(土)


◎由来など:

当社は、この村の旧家である久瀬川家の屋敷鎮守であった八雲社が、後に村持ちとなったものである。口碑に、次のような話がある。寛永年間、当村にコロリ(コレラ)がはやり、多くの村人が倒れた。この時、久瀬川家の一人暮らしの老婆が村人の不幸を見兼ねて次々と看病に回った。しかし、不思議なことに老婆には病が移らないので村人が何故うつらないのかと尋ねると、屋敷の天王様を信仰しているから病魔が近寄らないのだと答えた。このため、天王様を信仰するものが増え、村人も悪病にならぬように一心に拝んだという。また、病にかかると家族や近所の人たちがお百度と称して、裸足参りで神社の庭草を踏むと治るといわれた。

社地は、神社が村持ちとなるに当たり、氏子の久瀬川・山崎の両家持ちの山を切り崩して境内とした。社殿は真南を向き、氏子の健康を祈る様に村を見下ろせる地に鎮まる。主祭神は素盞鳴命で、内陣には三河の方から背負って来たと伝えられる石棒を安置している。

明治41(1908)年、旧松井村大字下安松宇和田横道南に鎮座する村社氷川神社を合併し、無格社であった当社は村社に昇格し、社号も氷川神社と改められた。加えて同年、当地の字神明原の神明社と境内社の稲荷社、字下前の八幡社、字西上の稲荷社を合祀した。(「埼玉の神社」より)


◎祭神など:

・素戔嗚尊(スサノオノミコト)


◎周辺状況:

柳瀬川河岸段丘の所沢台地の中腹にある神社である。集落を見下ろすように造られており、階段の途中には所沢市の保存樹木指定のクスノキ2本胸高直径70~80cmがそびえている。境内は斜面途中にあり、植栽のサクラやユズリハ、ソヨゴ、サカキなどがある。また、境内背後は武蔵野のクヌギ、コナラなどの雑木林である。社叢としてはほとんど無いが雑木林の存在が今後どうなるか配慮されることを願う。



▼樹木配置図



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▼地図(本郷氷川神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

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寛永年間(1624〜1645)


# by shasou373 | 2019-01-05 00:03 | ■ 関東地域

「社叢見守り隊」の調査報告を掲載しております。


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