カテゴリ:■ 関東地域( 85 )

上熊井黒石神社

◎神 社 名:上熊井黒石神社(かみくまいくろいしじんじゃ)
◎住  所:〒350-0303 埼玉県比企郡鳩山町熊井1015
◎調査月日:2018(平成30)年8月4日(土)

◎由来など:

『明細帳』は祭神を日本武尊とし、由緒は「尊東夷征伐還御ノ節御休憩アリシト依テ勧請スト云、創建不詳、思フ二其頃村落未開ナリシモ尊勧請、未開土地モ開キ居民モ繁殖二至ヤ、因テ尊ヲ鎮守ト崇ムト右旧記ナシト雖モ古来人口二伝テ存ス」と記している。

 また、『風土記稿』には「黒石神社 村の鎮守なり、本地仏は十一面観音を案ず、妙光寺持」とある。内陣には長さ60㎝と47㎝の大小一対の灰色をした岩石が奉安されており、社名の由来をうかがわせる。(「埼玉の神社」埼玉県神社庁より)


◎祭神など:

・日本武尊(ヤマトタケル)


◎周辺状況:

  丘陵の斜面中腹にあり、長い階段の参道をたどると東向きの社殿がある。鳥居は一番下にあり田畑と接している。社殿周囲はヒノキの植林であるが、社殿は新たに整地されて平成に建て替えられている。

 見るべき社叢は参道の両側に多種の大径木がある。社殿近いところの紙半分ではスダジイ、アラカシ、スギなど。下半分にはアカガシ、イヌシデ、モミ、アラカシ、タカオモミジなどの大径木があり、中でもスギの大径木が多いのは参道だから植栽されたのであろう。


▼樹木配置図


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▼地図(上熊井黒石神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

アラカシスギモミサカキイヌシデツバキ

アカガシヒノキスダジイヒサカキ

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日本武尊




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by shasou373 | 2018-08-04 00:03 | ■ 関東地域

高野倉八幡神社

◎神 社 名:高野倉八幡神社(たかのくらはちまんじんじゃ)
◎住  所:〒350-0304 埼玉県比企郡鳩山町高野倉454
◎調査月日:2018(平成30)年8月4日(土)

◎由来など:

 高野倉八幡神社は851(仁寿元)年の創祀と言われている。

 春祭りは2月15日、秋祭りは10月16・17日に行われていたが、近年はそれぞれの第2日曜日に行われている。

 ゴルフ場が出来る以前は姥ヶ谷に社田があり、耕作者が収穫した米の一部を奉納していた。春祭りにはその米で小さな団子を作り、供物として供えた後、氏子に配られた。今は代わりに御菓子を供物として配っている。秋祭りには17日の早朝(現在は月曜の早朝)に各戸が赤飯を供える慣わしがある。

 八幡神社は大分県の宇佐八幡宮に代表される信仰で、霊詫を宣する神としてヤハタ神とよばれ、古代には八本の旗を立て祭る神からこの名がでたと言われている。清和源氏一族が氏神として崇めたため武運の神・弓矢の神としても信仰されていて、戦時中は近隣から出征する若者が多数参拝したといわれている。

 1889(明治22)の「神社明細帳」には、祭神は誉田別尊(ほむたわけのみこと=応神天皇)とあるそうである。(埼玉県神社庁発行「埼玉の神社 大里 北葛飾 比企」及び鳩山町史編さん報告書第3集「鳩山の地名」)


◎祭神など:
誉田別尊(ほむたわけのみこと=応神天皇)


◎周辺状況:

 丘陵地の南の斜面に南向きに鎮座している。鳥居はない。付近は「高野倉ふれあい公園」として整備されているが全体的な雰囲気としては年月の永さを感じるところだ。

 斜面下側に東日本では珍しい「イチイガシ」の巨木があり、胸高直径120㎝は超えるであろうし、樹高20m余り。洞があり腐朽が進みつつあるようだが、樹勢は旺盛に見える。参道の古い丸太の階段を上がると2段の切り開きがあり社殿を安置している。

 丘陵の斜面は主としてヒノキの植林だが、参道付近にはアラカシ、シラカシ、コナラ、クヌギ、モミなどの大径木が多い。また、社殿の背景にはモミ、アラカシ、周囲にはヒノキ、スギ、サクラ、コナラなどの大径木もある。



▼樹木配置図


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▼地図(高野倉八幡神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

モミスギヒノキサクラコナラシラカシアラカシ

イチイガシクヌギ

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誉田別尊応神天皇)

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宇佐神宮(八幡宮)八幡神(ヤハタ神)清和源氏



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by shasou373 | 2018-08-04 00:02 | ■ 関東地域

山の神

神 社 名:山の神(やまのかみ)
◎住  所:〒355-0342 埼玉県比企郡ときかわ町玉川
◎調査月日:2018(平成30)年8月4日(土)

◎由来など:

詳細不明


◎祭神など:
詳細不明


◎周辺状況:

詳細は不明だが近隣の集落に祀られていることは確かなようである。清掃も行われている形跡もあり、祭事の跡も残っているが、近くに人家がないため聞き取りはできなかった。

祠は東向きに山の斜面に建てられており、車道を挟んでため池がある。

社叢としては、周りは檜の植林地帯であるがモミや椿の大径木がわずかに残っているし、タラヨウが植栽されていた。


▼樹木配置図


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▼地図(山の神へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

ヒノキスギツバキモミタラヨウ



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by shasou373 | 2018-08-04 00:01 | ■ 関東地域

高麗川神社

◎神 社 名:高麗川神社(こまがわじんじゃ)
◎住  所:〒350-1234 埼玉県日高市上鹿山170-1
◎調査月日:2018(平成30)年5月5日(土)

◎由来など:

 祭神は日本武命(ヤマトタケルノミコト)、橘姫命(タチバナヒメノミコト)、本殿は明治7(1874)年に再建され一間社流造り。鎌倉時代末期・元享2(1322)年、猿田豊前守吉清という人が創立したと伝わってはいるが証拠はない。慶安2(1649)年幕府より社領3石賜る。明治42(1909)年に近隣15社と合祀され、旧社「八剱神社」と村名をとって「高麗川神社」と改称。創建当初は土着の武士の氏神として、村の発展に伴い村社としての鎮守となる。2本のタブノキは樹齢400年の古木で、老樹のひこばえから成長したものと伝えられている。(神社掲示より)


◎祭神など:
日本武命(ヤマトタケルノミコト)
橘姫命(タチバナヒメノミコト)


◎周辺状況:

 境内は広いが、集会場など建築物の多く社叢は南側西側に欠けて成立しているが、薄さは否めない。社殿背後(西側)は比較的若いヒノキの植林となっているが、稲荷社の近辺にはサカキとしては大径木が2本存在している。

 境内中央にはタブノキの巨木(県内でも有数)が2本そびえており、2本とも胸高直径2m弱はあるようだ。由緒によると元は1本の樹木だったようではある。しかし、サルノコシカケ等が根元に近いところから出てきており、処置の必要はありそうである。 また、鳥居付近にはユリノキの巨木(胸高直径1m以上)が有り、大正年間に植栽されたようである。


▼樹木配置図


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▼地図(高麗川神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

ケヤキサカキタブノキサクラサルノコシカケユリノキ

ひこばえ(蘖)

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日本武命

橘姫命(オトタチバナヒメより)

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流造(神社建築様式のひとつ)



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by shasou373 | 2018-05-05 00:04 | ■ 関東地域

天神社・ 野々宮神社

◎神 社 名 :天神社・ 野々宮神社(てんじんじゃ/ののみやじんじゃ)
◎住  所:〒350-1244 埼玉県日高市野々宮146
◎調査月日:2018(平成30)年5月5日(土)

◎由来など:

 創立年代は不詳であるが、社家の古文書によると大宝3年(703)社殿修築という記述があって、口碑、伝説などがら推察するとがなりの古社と考えられる。慶安2年(1649)徳川家光から賜わった社領45斗の安堵状なども保存されている。

 野々宮神社は関東地方では珍しく、狭山市に一社あるほかは近隣にはない。祭神や高麗川のほとりにあることや、拝殿内の絵馬に、奉献「太祓一万度」とあるところなどから、潔斎の宮・お祓いの神であり、京都嵯峨か紫野の野宮の分祠と考えられる。

 例大祭は、毎年10月9日で、この際奉納される獅子舞は近隣のものに比へて勇壮で美しく、特に蛇をのむくだりは、他に例を見ないものである。(日高市掲示より)


◎祭神など:
天神社
菅原道真公(スガハラノミチザネ)

野宮神社
・天照大神(アマテラスオオミカミ)
・瓊々杵尊(ニニギノミコト)
・猿田彦命(サルタヒコノミコト)
・倭姫命(ヤマトヒメノミコト)


◎周辺状況: 

 野宮神社と天神社はすぐそばにある。

天神社:

高麗川左岸の高台にあり、ヒノキの植林の中にあるが、北側にはケヤキの巨木の伐採痕が、また小さな社殿の東側にもシラカシと思われる大径木の伐採痕がある。しかし、神社の規模からいって「屋敷神」の可能性もある。


野宮神社:

社殿は東を向いており歴史的には古さを感じられるが、背後の社叢はヒノキの植林で有り、30~40年生だろうと思われる。社殿はスギの大径木に半分囲まれており、正面左右にはソメイヨシノの大径木がある。境内には相撲場が設えてあり、力石も保存されている。参道は長く東に延びており、スギの大径木とおもわれる径1mほどの伐採痕が3つ残っている。


▼樹木配置図


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天神社


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野々宮神社



▼地図(天神社へのアクセス)




▼地図(野々宮神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

ヒノキケヤキシラカシ

スギウメソメイヨシノサクライチイキンモクセイ

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菅原道真公

徳川家光

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高麗川

屋敷神


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by shasou373 | 2018-05-05 00:03 | ■ 関東地域

高麗神社

◎神 社 名 :高麗神社(こまじんじゃ)
◎住  所〒350-1243 埼玉県日高市新堀833
◎調査月日2018(平成30)年5月5日(土)

◎由来など:

 高麗神社は、高句麗国の王族高麗王若光を祀る社である。高句麗人は中国大陸の松花江流域に住んだ騎馬民族で、朝鮮半島に進出して中国大陸東北部から朝鮮半島の北部を領有し、約700年君臨していた。その後、唐と新羅の連合軍の攻撃にあい668年に滅亡した。この時の乱を遁れた高句麗国の貴族や僧侶などが多数日本に渡り、主に東国に住んだが霊亀2年(716)そのうちの1799人が武蔵国にうつされ、新しく高麗郡が設置された。

 高麗王若光は、高麗郡の郡司に任命され、武蔵野の開発に尽くし、再び故国の土を踏むことなくこの地で没した。郡民はその遺徳をしのび、霊を祀って高麗明神とあがめ、以来現在に至るまで高麗王若光の直系によって社が護られており、今でも多数の参拝客が訪れている。(日高市掲示より)


◎祭神など:

高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)


◎周辺状況:

 有名な神社らしく参詣者が絶えない。皇室の方々の献木が多くみられ、なかでも第二鳥居前の浩宮皇太子殿下の「アズサ」(ミズメ)は目をひく存在だ。神木は社殿前のヒノキである。向かって左側が山側になっており、登ると水天宮が祀られているが、ほとんどはスギやヒノキの植林である。社殿北側の高麗家住宅(国重文)の前にはヒトツバタゴ(ナンジャモンジャ)があるし、タラヨウやサクラの大径木もあるが皆な植栽のようである。



▼樹木配置図

参詣者も多数いて境内の維持には十分と思われるので社叢調査は行わない。


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献木アズサ

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神木ヒノキ

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高麗家住宅


▼地図(高麗神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

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高句麗高句麗人)


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by shasou373 | 2018-05-05 00:02 | ■ 関東地域

久万八千神社

◎神 社 名:久万八千神社(くまんはっせんじんじゃ)
◎住  所:〒350-1251 日高市高麗本郷(こまほんごう)252
◎調査月日:2018(平成30)年5月5日(土)

◎由来など:

『風土記稿』に「梅原村の里正三郎兵衛が持なり、此正三郎兵衛はもと当村の民なりしが、高麗町を移せし時彼村に移住すと云」とあり、更に、『明細帳』に「創立詳ナラズ正中二年建立ノ棟札アリシ由口碑二伝フト雖モ棟札今存セズ。貞亨二乙丑年堀口西源同息三郎兵二氏子一同シテ再建後宝永六巳丑年二月廿六日水災アリ同七寅年三月氏子中ニテ再建」とあり、察するに三郎兵衛と関係の深い神社と思われるが、同人については不明である。また、宝永六(1709)年の水災については、鎮座地が山麓の高地であることから古くは高麗川辺に鎮座していたものと考えられる。中略社名九万八千は珍しい名前であるが、一説に九万高麗と八千新羅に由来するものという。この高麗地域は上古渡来人の住居した場所であることから興味深い説ではある。

「埼玉の神社・埼玉県神社庁」より)


◎祭神など:
八千矛命(やちほこのみこと)

◎周辺状況:

 巾着田北側の高台に有り、参道の状態から頻繁に人の出入りは少ないと思われる。しかし、清掃は行きとどいており氏子組織は健全のようである。鳥居の向かって左側にはスギの巨木が有り、胸高直径は1mを超すと思われる。また、社殿向かって右側にはクスノキの巨木も有り、かなりの年数がたっていると思われる。スギやヒノキの大径木に社殿は囲まれているが、背後北側はヒノキの補植によるものだろう。社殿は小さく覆屋が設えてある。


▼樹木配置図

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▼地図(久万八千神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

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八千矛命(大国主命)


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by shasou373 | 2018-05-05 00:01 | ■ 関東地域

飯守神社

◎神 社 名 :飯守神社(いいもりじんじゃ)
◎住  所:〒195-0051 東京都町田市真光寺町189
◎調査月日:2018(平成30)年4月7日(土)

◎由来など:

 慶安3年(1650)3月領主飯田次郎右衛門高家・観泉寺悩山門龍等によって遷宮され飯盛明神と称した。又鳥居下から古墳時代前期の祭祀用土器が出土し当地が昔からの神域であった事が窺われる。文化7年(1810)遷座の後、新編武蔵風土記は「本社に覆屋あり」と述べている。以前から当社は、武蔵の総社「六所宮」(現大国魂神社)と関わり深く、総社例大祭時の献饌之儀に御食を司って居たことから社名「いいもり」が起こったと伝えられる。明治4年飯守神社と改められ、大正2年境内末社が合祀され(境内東地区に跡地が残る)昭和29年宗教法人となる。(境内掲示より)


◎祭神など:
興津彦命(オキツヒコノミコト)


◎周辺状況:

 真光寺川の上流にあり、台地の支台末端の斜面に鎮座する。社殿は南西向きで有り、新しく新築されているようだ。また神楽殿も同様で観覧の席も斜面上に工夫されている。車道が東側からあがっており社殿東側の広場に通じている。社叢はほとんど30~40年生のスギの植林だが清楚な感じを醸している。また、向って左側にケヤキの巨木が有り、神木となっている。広場の東側は斜面林となっていて自然林が分布している。


▼樹木配置図

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▼地図(飯守神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

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興津彦命(かまど神より)
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by shasou373 | 2018-04-07 00:03 | ■ 関東地域

神明神社

◎神 社 名 :神明神社(しんめいじんじゃ)
◎住  所:〒195-0052 町田市広袴町444
◎調査月日:2018(平成30)年4月7日(土)

◎由来など:

 創建の年代は明らかではないが、嘉永7年(1854)の「村差出明細帳」に神明社とあり、『風土記稿』に小社の儀故旧来より神主無く、村内妙全院(別当)で守護していたとある。昭和22年氏子の労力奉仕により山を切り開き、現在の地に本殿覆宮、幣殿(洗心舎)、拝殿を建立して昭和24年11月遷宮祭並竣功奉祝祭が斎行された。昭和29年には宗教法人となり、さらに平成七年には拝殿が大改修された。(境内掲示より


◎祭神など:
天照大神(アマテラスオオミカミ)


◎周辺状況: 

川崎市と町田市の境の小尾根上にあり、南の展望が良い尾根である。ここには関東平野の植生であるシラカシ等のカシ類、イヌシデなどのシデ類、そしてケヤキ、コナラなどの高木層やヒサカキ、アオキ等の常緑広葉樹も低木層として多い。社殿は南向きで長い階段上に有り、周囲にはイチョウをはじめサクラ、スギなどが植栽されている。氏子組織もあり、こじんまりとした神社ではあるが清掃が行き届いており好ましい境内である。


▼樹木配置図


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▼地図(神明神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

イチョウスギサクラシラカシイヌシデ

ミズキクヌギクスノキケヤキコナラ

ヒサカキアオキカシ類シデ類

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天照大神



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by shasou373 | 2018-04-07 00:02 | ■ 関東地域

能ヶ谷神社

◎神 社 名:能ヶ谷神社(のうがやじんじゃ)
◎住  所:〒195-0053 町田市能ヶ谷6-20-1
◎調査月日:2018(平成30)年4月7日(土)

◎由来など:

当社はもと東照宮とよばれ正保年間(1644〜1647)の創建。安永元年(1854)4月に再建される。明治10年6月には村社に列せられる。大正3年4月谷戸の住吉神社(文治6年創立)下能ヶ谷の天照大神社(応永2年創立)上能ヶ谷の表谷神社(文明9年創立)並び神明社(創立年代不詳)の四社を以前からの東照宮に合祀し大正3年社名を能ヶ谷神社とした。現社殿は昭和6〜7年の再建によるものである。(境内掲示より)


◎祭神など:
徳川家康公
・天照大神
表筒男命(ウワツツノオノミコト)
・中筒男命(ナカツツノオノミコト)
・底筒男命(ソコツツノオノミコト)
・大山咋神(オオヤマクイノカミ)


◎周辺状況:
 真光寺川が南に流れている北側の台地の上に鎮座している。経年、火災にて焼失した社殿は復興して新しくなってはいる。社叢は周囲に植栽されたと思われるものが多い。ほとんど火事と復興のため社殿の後ろ側も駐車場となっていたが、東側の斜面林はシラカシ、アラカシ、コナラなどの混交林であり豊かなので見劣りはしない。

▼樹木配置図


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▼地図(能ヶ谷神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

モチノキヤブツバキ(ツバキ)サクラモッコク

クヌギウメマサキシラカシコナラアラカシ

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徳川家康公

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真光寺川



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by shasou373 | 2018-04-07 00:01 | ■ 関東地域

「社叢見守り隊」の調査報告を掲載しております。


by shasou373