カテゴリ:■ 関東地域( 82 )

高麗川神社

◎神 社 名:高麗川神社(こまがわじんじゃ)
◎住  所:〒350-1234 埼玉県日高市上鹿山170-1
◎調査月日:2018(平成30)年5月5日(土)

◎由来など:

 祭神は日本武命(ヤマトタケルノミコト)、橘姫命(タチバナヒメノミコト)、本殿は明治7(1874)年に再建され一間社流造り。鎌倉時代末期・元享2(1322)年、猿田豊前守吉清という人が創立したと伝わってはいるが証拠はない。慶安2(1649)年幕府より社領3石賜る。明治42(1909)年に近隣15社と合祀され、旧社「八剱神社」と村名をとって「高麗川神社」と改称。創建当初は土着の武士の氏神として、村の発展に伴い村社としての鎮守となる。2本のタブノキは樹齢400年の古木で、老樹のひこばえから成長したものと伝えられている。(神社掲示より)


◎祭神など:
日本武命(ヤマトタケルノミコト)
橘姫命(タチバナヒメノミコト)


◎周辺状況:

 境内は広いが、集会場など建築物の多く社叢は南側西側に欠けて成立しているが、薄さは否めない。社殿背後(西側)は比較的若いヒノキの植林となっているが、稲荷社の近辺にはサカキとしては大径木が2本存在している。

 境内中央にはタブノキの巨木(県内でも有数)が2本そびえており、2本とも胸高直径2m弱はあるようだ。由緒によると元は1本の樹木だったようではある。しかし、サルノコシカケ等が根元に近いところから出てきており、処置の必要はありそうである。 また、鳥居付近にはユリノキの巨木(胸高直径1m以上)が有り、大正年間に植栽されたようである。


▼樹木配置図


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▼地図(高麗川神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

ケヤキサカキタブノキサクラサルノコシカケユリノキ

ひこばえ(蘖)

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日本武命

橘姫命(オトタチバナヒメより)

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流造(神社建築様式のひとつ)



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by shasou373 | 2018-05-05 00:04 | ■ 関東地域

天神社・ 野々宮神社

◎神 社 名 :天神社・ 野々宮神社(てんじんじゃ/ののみやじんじゃ)
◎住  所:〒350-1244 埼玉県日高市野々宮146
◎調査月日:2018(平成30)年5月5日(土)

◎由来など:

 創立年代は不詳であるが、社家の古文書によると大宝3年(703)社殿修築という記述があって、口碑、伝説などがら推察するとがなりの古社と考えられる。慶安2年(1649)徳川家光から賜わった社領45斗の安堵状なども保存されている。

 野々宮神社は関東地方では珍しく、狭山市に一社あるほかは近隣にはない。祭神や高麗川のほとりにあることや、拝殿内の絵馬に、奉献「太祓一万度」とあるところなどから、潔斎の宮・お祓いの神であり、京都嵯峨か紫野の野宮の分祠と考えられる。

 例大祭は、毎年10月9日で、この際奉納される獅子舞は近隣のものに比へて勇壮で美しく、特に蛇をのむくだりは、他に例を見ないものである。(日高市掲示より)


◎祭神など:
天神社
菅原道真公(スガハラノミチザネ)

野宮神社
・天照大神(アマテラスオオミカミ)
・瓊々杵尊(ニニギノミコト)
・猿田彦命(サルタヒコノミコト)
・倭姫命(ヤマトヒメノミコト)


◎周辺状況: 

 野宮神社と天神社はすぐそばにある。

天神社:

高麗川左岸の高台にあり、ヒノキの植林の中にあるが、北側にはケヤキの巨木の伐採痕が、また小さな社殿の東側にもシラカシと思われる大径木の伐採痕がある。しかし、神社の規模からいって「屋敷神」の可能性もある。


野宮神社:

社殿は東を向いており歴史的には古さを感じられるが、背後の社叢はヒノキの植林で有り、30~40年生だろうと思われる。社殿はスギの大径木に半分囲まれており、正面左右にはソメイヨシノの大径木がある。境内には相撲場が設えてあり、力石も保存されている。参道は長く東に延びており、スギの大径木とおもわれる径1mほどの伐採痕が3つ残っている。


▼樹木配置図


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天神社


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野々宮神社



▼地図(天神社へのアクセス)




▼地図(野々宮神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

ヒノキケヤキシラカシ

スギウメソメイヨシノサクライチイキンモクセイ

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菅原道真公

徳川家光

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高麗川

屋敷神


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by shasou373 | 2018-05-05 00:03 | ■ 関東地域

高麗神社

◎神 社 名 :高麗神社(こまじんじゃ)
◎住  所〒350-1243 埼玉県日高市新堀833
◎調査月日2018(平成30)年5月5日(土)

◎由来など:

 高麗神社は、高句麗国の王族高麗王若光を祀る社である。高句麗人は中国大陸の松花江流域に住んだ騎馬民族で、朝鮮半島に進出して中国大陸東北部から朝鮮半島の北部を領有し、約700年君臨していた。その後、唐と新羅の連合軍の攻撃にあい668年に滅亡した。この時の乱を遁れた高句麗国の貴族や僧侶などが多数日本に渡り、主に東国に住んだが霊亀2年(716)そのうちの1799人が武蔵国にうつされ、新しく高麗郡が設置された。

 高麗王若光は、高麗郡の郡司に任命され、武蔵野の開発に尽くし、再び故国の土を踏むことなくこの地で没した。郡民はその遺徳をしのび、霊を祀って高麗明神とあがめ、以来現在に至るまで高麗王若光の直系によって社が護られており、今でも多数の参拝客が訪れている。(日高市掲示より)


◎祭神など:

高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)


◎周辺状況:

 有名な神社らしく参詣者が絶えない。皇室の方々の献木が多くみられ、なかでも第二鳥居前の浩宮皇太子殿下の「アズサ」(ミズメ)は目をひく存在だ。神木は社殿前のヒノキである。向かって左側が山側になっており、登ると水天宮が祀られているが、ほとんどはスギやヒノキの植林である。社殿北側の高麗家住宅(国重文)の前にはヒトツバタゴ(ナンジャモンジャ)があるし、タラヨウやサクラの大径木もあるが皆な植栽のようである。



▼樹木配置図

参詣者も多数いて境内の維持には十分と思われるので社叢調査は行わない。


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献木アズサ

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神木ヒノキ

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高麗家住宅


▼地図(高麗神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

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高句麗高句麗人)


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by shasou373 | 2018-05-05 00:02 | ■ 関東地域

久万八千神社

◎神 社 名:久万八千神社(くまんはっせんじんじゃ)
◎住  所:〒350-1251 日高市高麗本郷(こまほんごう)252
◎調査月日:2018(平成30)年5月5日(土)

◎由来など:

『風土記稿』に「梅原村の里正三郎兵衛が持なり、此正三郎兵衛はもと当村の民なりしが、高麗町を移せし時彼村に移住すと云」とあり、更に、『明細帳』に「創立詳ナラズ正中二年建立ノ棟札アリシ由口碑二伝フト雖モ棟札今存セズ。貞亨二乙丑年堀口西源同息三郎兵二氏子一同シテ再建後宝永六巳丑年二月廿六日水災アリ同七寅年三月氏子中ニテ再建」とあり、察するに三郎兵衛と関係の深い神社と思われるが、同人については不明である。また、宝永六(1709)年の水災については、鎮座地が山麓の高地であることから古くは高麗川辺に鎮座していたものと考えられる。中略社名九万八千は珍しい名前であるが、一説に九万高麗と八千新羅に由来するものという。この高麗地域は上古渡来人の住居した場所であることから興味深い説ではある。

「埼玉の神社・埼玉県神社庁」より)


◎祭神など:
八千矛命(やちほこのみこと)

◎周辺状況:

 巾着田北側の高台に有り、参道の状態から頻繁に人の出入りは少ないと思われる。しかし、清掃は行きとどいており氏子組織は健全のようである。鳥居の向かって左側にはスギの巨木が有り、胸高直径は1mを超すと思われる。また、社殿向かって右側にはクスノキの巨木も有り、かなりの年数がたっていると思われる。スギやヒノキの大径木に社殿は囲まれているが、背後北側はヒノキの補植によるものだろう。社殿は小さく覆屋が設えてある。


▼樹木配置図

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▼地図(久万八千神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

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八千矛命(大国主命)


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by shasou373 | 2018-05-05 00:01 | ■ 関東地域

飯守神社

◎神 社 名 :飯守神社(いいもりじんじゃ)
◎住  所:〒195-0051 東京都町田市真光寺町189
◎調査月日:2018(平成30)年4月7日(土)

◎由来など:

 慶安3年(1650)3月領主飯田次郎右衛門高家・観泉寺悩山門龍等によって遷宮され飯盛明神と称した。又鳥居下から古墳時代前期の祭祀用土器が出土し当地が昔からの神域であった事が窺われる。文化7年(1810)遷座の後、新編武蔵風土記は「本社に覆屋あり」と述べている。以前から当社は、武蔵の総社「六所宮」(現大国魂神社)と関わり深く、総社例大祭時の献饌之儀に御食を司って居たことから社名「いいもり」が起こったと伝えられる。明治4年飯守神社と改められ、大正2年境内末社が合祀され(境内東地区に跡地が残る)昭和29年宗教法人となる。(境内掲示より)


◎祭神など:
興津彦命(オキツヒコノミコト)


◎周辺状況:

 真光寺川の上流にあり、台地の支台末端の斜面に鎮座する。社殿は南西向きで有り、新しく新築されているようだ。また神楽殿も同様で観覧の席も斜面上に工夫されている。車道が東側からあがっており社殿東側の広場に通じている。社叢はほとんど30~40年生のスギの植林だが清楚な感じを醸している。また、向って左側にケヤキの巨木が有り、神木となっている。広場の東側は斜面林となっていて自然林が分布している。


▼樹木配置図

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▼地図(飯守神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

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興津彦命(かまど神より)
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by shasou373 | 2018-04-07 00:03 | ■ 関東地域

神明神社

◎神 社 名 :神明神社(しんめいじんじゃ)
◎住  所:〒195-0052 町田市広袴町444
◎調査月日:2018(平成30)年4月7日(土)

◎由来など:

 創建の年代は明らかではないが、嘉永7年(1854)の「村差出明細帳」に神明社とあり、『風土記稿』に小社の儀故旧来より神主無く、村内妙全院(別当)で守護していたとある。昭和22年氏子の労力奉仕により山を切り開き、現在の地に本殿覆宮、幣殿(洗心舎)、拝殿を建立して昭和24年11月遷宮祭並竣功奉祝祭が斎行された。昭和29年には宗教法人となり、さらに平成七年には拝殿が大改修された。(境内掲示より


◎祭神など:
天照大神(アマテラスオオミカミ)


◎周辺状況: 

川崎市と町田市の境の小尾根上にあり、南の展望が良い尾根である。ここには関東平野の植生であるシラカシ等のカシ類、イヌシデなどのシデ類、そしてケヤキ、コナラなどの高木層やヒサカキ、アオキ等の常緑広葉樹も低木層として多い。社殿は南向きで長い階段上に有り、周囲にはイチョウをはじめサクラ、スギなどが植栽されている。氏子組織もあり、こじんまりとした神社ではあるが清掃が行き届いており好ましい境内である。


▼樹木配置図


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▼地図(神明神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

イチョウスギサクラシラカシイヌシデ

ミズキクヌギクスノキケヤキコナラ

ヒサカキアオキカシ類シデ類

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天照大神



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by shasou373 | 2018-04-07 00:02 | ■ 関東地域

能ヶ谷神社

◎神 社 名:能ヶ谷神社(のうがやじんじゃ)
◎住  所:〒195-0053 町田市能ヶ谷6-20-1
◎調査月日:2018(平成30)年4月7日(土)

◎由来など:

当社はもと東照宮とよばれ正保年間(1644〜1647)の創建。安永元年(1854)4月に再建される。明治10年6月には村社に列せられる。大正3年4月谷戸の住吉神社(文治6年創立)下能ヶ谷の天照大神社(応永2年創立)上能ヶ谷の表谷神社(文明9年創立)並び神明社(創立年代不詳)の四社を以前からの東照宮に合祀し大正3年社名を能ヶ谷神社とした。現社殿は昭和6〜7年の再建によるものである。(境内掲示より)


◎祭神など:
徳川家康公
・天照大神
表筒男命(ウワツツノオノミコト)
・中筒男命(ナカツツノオノミコト)
・底筒男命(ソコツツノオノミコト)
・大山咋神(オオヤマクイノカミ)


◎周辺状況:
 真光寺川が南に流れている北側の台地の上に鎮座している。経年、火災にて焼失した社殿は復興して新しくなってはいる。社叢は周囲に植栽されたと思われるものが多い。ほとんど火事と復興のため社殿の後ろ側も駐車場となっていたが、東側の斜面林はシラカシ、アラカシ、コナラなどの混交林であり豊かなので見劣りはしない。

▼樹木配置図


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▼地図(能ヶ谷神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

モチノキヤブツバキ(ツバキ)サクラモッコク

クヌギウメマサキシラカシコナラアラカシ

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徳川家康公

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真光寺川



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by shasou373 | 2018-04-07 00:01 | ■ 関東地域

北関野八幡神社

◎神 社 名 :北関野八幡神社
◎住  所:〒184-0001 小金井市関野町1-5-2
◎調査月日:2018(平成30)年3月10日(土)

◎由来など:

 除地、二段、南の方にあり、村の鎮守なり。上屋二間に一間半、内に二尺五寸四方の祠を置。拝殿四間に二間南向。(尺貫法

例祭9月15日、当社は享保14(1729)年の鎮座なりと云。(新編武蔵風土記稿より)

 享保9(1724)年3月中創建と伝わる。昭和18(1943)年、小金井緑地造成の為現在地に移転した。北多摩神道青年会掲示より)


◎祭神など:
菅原道真公


◎周辺状況:
 小金井公園造成時に現位置に遷座したらしいので社叢という整った形をとれないでいる。神社関係にふさわしいと思われている樹種(サカキ、ナギ、クスノキ、ヒサカキ、オガタマノキなど)が雑多に植栽されている。しかし、手水舎付近のエドヒガンのシダレザクラは大径木で、開花時には美しいだろう。(小金井公園

▼樹木配置図


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▼地図(北関野八幡神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

オガタマノキモミジイチョウクリキンモクセイ

ナギケヤキヒサカキヒイラギモミコウヤマキ

クスノキザクロサンシュユハナミズキアオギリ

シダレザクラエドヒガンサザンカオガタマノキ

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菅原道真公



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by shasou373 | 2018-03-10 00:05 | ■ 関東地域

阿波洲神社

◎神 社 名 :阿波洲神社
◎住  所:〒202-0023 西東京市新町2-7-24
◎調査月日:2018(平成30)年3月10日(土)

◎由来など:

宝暦2年(1752)粟嶋明神として勧請された(別当寺「寳晃院文書」)。江戸時代中期の明確な創建年次を持つこの神社は、享保9年(1724)から開発が始まる武蔵野新田の一つ、上保谷新田の鎮守神として祀られた。粟嶋明神が表記を阿波洲神社に代えたのは明治以降だが、祭神に変更はない。

 粟嶋明神は紀伊の国(和歌山)加太浦の淡島明神を総社としており、祭神は女神の頗梨采女と粟=淡にちなんで日本神話に登場する少彦名命。

 江戸時代江戸浅草の浅草寺境内に祀られた淡島明神が女性の人気を呼んで信仰されたように、上保谷新田の粟嶋も、拝殿前の鈴に下がる五色の紐を切って安産の腹帯にする習俗や、女性たちの針供養・捨雛が行われた。(西東京市教育委員会掲示より)


◎祭神など:
高望王(タカモチオウ)
少名彦名命(スクナビコナノミコト)


◎周辺状況:
 境内の東側が運動場になっていて現在は南北に細長い。社殿の南側には混合林が有り、スギ、シラカシ、クスノキなどがある。参道の付近には基本的にはシラカシの大径木が有り、サクラの植栽も観られる。社務所と社殿の間にはヒノキ林が有り、神木は社殿左後方のイチョウの大径木である。また、大径木のほとんどは西東京市の保存樹木に指定されているが樹種名の不正確が目立つ。

▼樹木配置図

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▼地図(阿波洲神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】
シラカシネズミモチサクラケヤキウメ
イチョウミカンヒノキクスノキ
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高望王(平 高望/タイラノタカモチ)
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頗梨采女(ハリサイジョ)


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by shasou373 | 2018-03-10 00:04 | ■ 関東地域

東伏見稲荷神社

◎神 社 名 :東伏見稲荷神社
◎住  所:〒202-0021 西東京市東伏見1--38 
◎調査月日:2018(平成30)年3月10日(土)

◎由来など:

 当神社は昭和4年に官幣大社伏見稲荷神社(京都鎮座)の御分祀として創建された神社。御祭神は衣食住など人間生活のすべてを守り給う大祖神で、皇城の守護・万民豊壌の大恩神と崇められ給う御神霊である。伏見稲荷大神の御分霊を奉斎したいとの関東方面稲荷信仰者の熱心な希望と、稲荷信仰者の参拝の便を計り、また迷信など誤った信仰の是正浄化を計ろうとする伏見稲荷神社の協力によって当神社が創建された。

 東伏見と云う神社名は、京都伏見から東にお遷しした神社と云う意味で、御霊代が京都から着御と同時に西武線元上保谷駅が東伏見駅と改称され、其の後地名も東伏見となった。(北多摩神道青年会掲示より)


◎祭神など:
宇迦之御魂大神(ウカノミタマ)
佐田彦大神(サタヒコノオオカミ)
大宮能売大神(オオミヤノメノオオカミ)


◎周辺状況:
 広大な境内は「東日本の伏見稲荷」にふさわしいが、社叢としてはアカマツを主体としたもので樹種の多様さはあまりないようだ。アカマツは大径木も多く、社殿の背景としては、一応社叢のていをなしてはいる。間に様々な末社が多数勧請・遷座されている。

▼樹木配置図

比較的近年の神社で植栽がほとんどなので社叢を調べてはいない。

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【参考資料(リンク)wikipedia】

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by shasou373 | 2018-03-10 00:03 | ■ 関東地域

「社叢見守り隊」の調査報告を掲載しております。


by shasou373