上熊井黒石神社

◎神 社 名:上熊井黒石神社(かみくまいくろいしじんじゃ)
◎住  所:〒350-0303 埼玉県比企郡鳩山町熊井1015
◎調査月日:2018(平成30)年8月4日(土)

◎由来など:

『明細帳』は祭神を日本武尊とし、由緒は「尊東夷征伐還御ノ節御休憩アリシト依テ勧請スト云、創建不詳、思フ二其頃村落未開ナリシモ尊勧請、未開土地モ開キ居民モ繁殖二至ヤ、因テ尊ヲ鎮守ト崇ムト右旧記ナシト雖モ古来人口二伝テ存ス」と記している。

 また、『風土記稿』には「黒石神社 村の鎮守なり、本地仏は十一面観音を案ず、妙光寺持」とある。内陣には長さ60㎝と47㎝の大小一対の灰色をした岩石が奉安されており、社名の由来をうかがわせる。(「埼玉の神社」埼玉県神社庁より)


◎祭神など:

・日本武尊(ヤマトタケル)


◎周辺状況:

  丘陵の斜面中腹にあり、長い階段の参道をたどると東向きの社殿がある。鳥居は一番下にあり田畑と接している。社殿周囲はヒノキの植林であるが、社殿は新たに整地されて平成に建て替えられている。

 見るべき社叢は参道の両側に多種の大径木がある。社殿近いところの紙半分ではスダジイ、アラカシ、スギなど。下半分にはアカガシ、イヌシデ、モミ、アラカシ、タカオモミジなどの大径木があり、中でもスギの大径木が多いのは参道だから植栽されたのであろう。


▼樹木配置図


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▼地図(上熊井黒石神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

アラカシスギモミサカキイヌシデツバキ

アカガシヒノキスダジイヒサカキ

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日本武尊




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# by shasou373 | 2018-08-04 00:03 | ■ 関東地域

高野倉八幡神社

◎神 社 名:高野倉八幡神社(たかのくらはちまんじんじゃ)
◎住  所:〒350-0304 埼玉県比企郡鳩山町高野倉454
◎調査月日:2018(平成30)年8月4日(土)

◎由来など:

 高野倉八幡神社は851(仁寿元)年の創祀と言われている。

 春祭りは2月15日、秋祭りは10月16・17日に行われていたが、近年はそれぞれの第2日曜日に行われている。

 ゴルフ場が出来る以前は姥ヶ谷に社田があり、耕作者が収穫した米の一部を奉納していた。春祭りにはその米で小さな団子を作り、供物として供えた後、氏子に配られた。今は代わりに御菓子を供物として配っている。秋祭りには17日の早朝(現在は月曜の早朝)に各戸が赤飯を供える慣わしがある。

 八幡神社は大分県の宇佐八幡宮に代表される信仰で、霊詫を宣する神としてヤハタ神とよばれ、古代には八本の旗を立て祭る神からこの名がでたと言われている。清和源氏一族が氏神として崇めたため武運の神・弓矢の神としても信仰されていて、戦時中は近隣から出征する若者が多数参拝したといわれている。

 1889(明治22)の「神社明細帳」には、祭神は誉田別尊(ほむたわけのみこと=応神天皇)とあるそうである。(埼玉県神社庁発行「埼玉の神社 大里 北葛飾 比企」及び鳩山町史編さん報告書第3集「鳩山の地名」)


◎祭神など:
誉田別尊(ほむたわけのみこと=応神天皇)


◎周辺状況:

 丘陵地の南の斜面に南向きに鎮座している。鳥居はない。付近は「高野倉ふれあい公園」として整備されているが全体的な雰囲気としては年月の永さを感じるところだ。

 斜面下側に東日本では珍しい「イチイガシ」の巨木があり、胸高直径120㎝は超えるであろうし、樹高20m余り。洞があり腐朽が進みつつあるようだが、樹勢は旺盛に見える。参道の古い丸太の階段を上がると2段の切り開きがあり社殿を安置している。

 丘陵の斜面は主としてヒノキの植林だが、参道付近にはアラカシ、シラカシ、コナラ、クヌギ、モミなどの大径木が多い。また、社殿の背景にはモミ、アラカシ、周囲にはヒノキ、スギ、サクラ、コナラなどの大径木もある。



▼樹木配置図


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▼地図(高野倉八幡神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

モミスギヒノキサクラコナラシラカシアラカシ

イチイガシクヌギ

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誉田別尊応神天皇)

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宇佐神宮(八幡宮)八幡神(ヤハタ神)清和源氏



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# by shasou373 | 2018-08-04 00:02 | ■ 関東地域

山の神

神 社 名:山の神(やまのかみ)
◎住  所:〒355-0342 埼玉県比企郡ときかわ町玉川
◎調査月日:2018(平成30)年8月4日(土)

◎由来など:

詳細不明


◎祭神など:
詳細不明


◎周辺状況:

詳細は不明だが近隣の集落に祀られていることは確かなようである。清掃も行われている形跡もあり、祭事の跡も残っているが、近くに人家がないため聞き取りはできなかった。

祠は東向きに山の斜面に建てられており、車道を挟んでため池がある。

社叢としては、周りは檜の植林地帯であるがモミや椿の大径木がわずかに残っているし、タラヨウが植栽されていた。


▼樹木配置図


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▼地図(山の神へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

ヒノキスギツバキモミタラヨウ



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# by shasou373 | 2018-08-04 00:01 | ■ 関東地域

三宮神社

◎神 社 名 :三宮神社(さんのみやじんじゃ)
◎住  所:〒650-0021 神戸市中央区三宮町2-4-4
◎調査月日:2018(平成30)年7月25日(水)

◎由来など:
創建は不詳、旧神戸村の氏神。生田裔神八社のうちの一社。
 三宮の地名は、この神社があることに由来する。神社のすぐ南に西国街道が東西に走り、江戸時代は鬱蒼とした森に囲まれ、旅人の憩いの場所となっていた。
 神戸港開港後は、境内から湧き出る清水を神戸に入港する船が汲んでいったという。明治元年1月11日、この神社の前で備前池田藩と外国兵が起こした神戸事件は有名で、境内に碑がある。また、源平の史跡として生田の森で一番乗りの手柄を挙げた河原兄弟を祀る河原霊社がある。

◎祭神など:
・湍津姫命(タキツヒメノミコト)

◎周辺状況:
平地、ビル街、神戸大丸北東隣/商業地域

◎境内面積:
見た目では910㎡

◎社叢状況:
境内四隅に樹木あり

◎社叢見所:
高木の下に低木を植栽することで、緑の密度高く見せている。


▼樹木配置図


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▼地図(三宮神社へのアクセス)





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# by shasou373 | 2018-07-25 00:02 | ■ 近畿地域

生田神社

◎神 社 名 :生田神社(いくたじんじゃ)
◎住  所:〒650-0011 神戸市中央区下山手通1-2-1
◎調査月日:2018(平成30)年7月25日(水)

◎由来など:
 神功皇后が三韓からの帰途、武庫の水門で急に船が進まなくなった。ご神意を占ったところ稚日女尊が「自分は活田長峡國に居たい」と言われた。そこで海上五十狭茅(うなかみのいさち)に命じて祀った。最初の鎮座地は布引の砂山(いさごやま)だったが、大洪水が起こったときに流されそうになり、刀禰七太夫(とねしちだゆう)に背負われて現在の生田の森に鎮座した。 砂山では一面に松の木を茂らせていたのに、その松の木も根こそぎ流失し、全く役に立たなかったため、生田の神は「松の木、頼むに足らず」として、それ以後は境内に一本の松も無く、正月も門松の代わりに「杉盛」と称する門杉を立てる習わしが今も続いている。
 昭和20年6月5日、空襲により御本殿以下、諸建物及び生田の森が全焼。阪神淡路大震災では拝殿が押しつぶされ、鳥居や多数の石灯籠が倒壊するも、いち早く復旧復興した。

◎祭神など:
・稚日女尊(ワカヒルメノミコト)

◎周辺状況:
平地、ビル街、飲食街/商業地域

◎境内面積:
見た目では17,500㎡

◎社叢状況:
社殿の北側(裏側)に生田の森のクスノキ林

◎社叢見所:
神木とされるクスノキ

▼樹木配置図


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▼地図(生田神社へのアクセス)




【参考資料(リンク)wikipedia】

クスノキ

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稚日女尊

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神功皇后海上五十狭茅

神戸大空襲阪神淡路大震災



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# by shasou373 | 2018-07-25 00:01 | ■ 近畿地域

「社叢見守り隊」の調査報告を掲載しております。


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