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赤坂氷川神社

◎神 社 名 :赤坂氷川神社(あかさかひかわじんじゃ)

◎住  所:〒107-0052 東京都港区赤坂6-10-12

◎調査月日:2017(平成29)年3月4日(土)


◎由来など:

旧記によれば、951(天暦5)年、武州豊島郡人次ヵ原俗称古呂故ヵ岡(赤坂小学校台地)に創祀した。

また1066(冶暦2)年、早魃のため祭事をはじむと旧記に伝える。江戸時代、幕府の尊信篤く、八代吉宗公将軍職を継ぐに至り、紀州徳川赤坂屋敷(旧赤坂離宮)の産土神由縁により、1729(享保14)年、赤坂今井台に神徳を謝し現社殿を造営、翌年遷宮行なわれ、爾後代々将軍直拝、朱印を下付される。

1929(昭和4)年、遷座二百年祭にあたり、社殿朱漆塗替、格天井の花鳥壁間鳳の絵図を加え、丹青荘重善美を尽くす。

1945(昭和20)年5月、戦災により、手水舎・神楽殿・神輿庫・額殿・神輿三基を焼失した。(東京都神社名鑑より)

東京十社


◎祭神など:

・素盞嗚尊(スサノオノミコト)

・奇稲田姫命(クシナダヒメノミコト)

・大己貴命(オオムナムチノミコト)


空間位置・面積等・植生など:

市街地の中にあって社叢が繁茂してオアシス的な存在感がある。一部公園化しているところもあるが神木のイチョウ(胸高直径145㎝)もあり、第一鳥居から第二鳥居付近ではシラカシ、スダジイ、ケヤキなど関東の平野部特有の樹種も多い。植樹と思われるイチョウ、クスノキ、サクラ類も多々ある。

東側からの参道は、崖線を上がる階段があるが、その付近で斜面林としての自然植生が一部にある。



▼樹木配置図


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イチョウシラカシスダジイケヤキクスノキサクラ


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▼地図(赤坂氷川神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

素盞嗚尊

奇稲田姫命

大己貴命(大国主)



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by shasou373 | 2017-03-04 00:07 | ■ 関東地域

久国神社

◎神 社 名 :久国神社(ひさくにじんじゃ)

◎住  所:〒106-0032 東京都港区六本木2-1-16

◎調査月日:2017(平成29)年3月4日(土)


◎由来など:

勧請年月不詳ながら、古くはもと千代田村紅葉(現皇居内)に鎮座されていたという。

長禄元年(1457)太田道濯江戸城築城につき寛正六年(1465)溜池に城隍の鎮守として遷座され、後に久国作の刀が寄進されたので久国稲荷神社と称するようになった。永禄3年(1560)その地が公用に属したため、寛保元年(1741)に当所に遷座され、昭和20年10月25日より久国神社と称するようになった。(「東京都神社名鑑」より)


◎祭神など:

・倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)


空間位置・面積等・植生など:

斜面(崖線)上に鎮座している。境内にはクスノキや区保護樹のスダジイなどの立木があるが社叢としては見るべきものはない。

しかし、斜面林として境内の外の北側にかなり残っている。


▼樹木配置図


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クスノキスダジイ


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▼地図(久国神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

倉稲魂命


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by shasou373 | 2017-03-04 00:06 | ■ 関東地域

愛宕神社(東京都)

◎神 社 名 :愛宕神社(あたごじんじゃ)

◎住  所:〒105-0002 東京都港区愛宕1-5-3

◎調査月日:平成29年3月4日(土)


◎由来など:

徳川家康公が江戸に幕府を開くにあたり江戸の防火・防災の守り神として将軍の命を受け創建した。

寛永11年(1634)には徳川家光の御前で、四国丸亀藩の曲垣平九郎盛澄が騎馬にて正面男坂(86段)を駆け上り、日本一の馬術の名人として名を馳せ、当社石段は「出世の石段」と呼ばれた他、桜田門外の変の際には水戸藩士の集合場所になったり、大政奉還後の江戸開城の際には勝海舟と西郷隆盛との会談場所になったりと、数多くの歴史の舞台となっている。

愛宕山は洪積層の丘陵地で、標高は26メートルである。頂上に愛宕神社がまつられ、江戸時代から信仰と見晴らしの名所としてにぎわった所である。

愛宕神社の祭神は火の神(火産霊神)が中心で、江戸時代には幕府の保護もあり、多くの人々から火伏せの神として信仰されてきた。今日のように周囲に高層ビルが立つまでは、山頂からの眺望がすばらしく、東京湾や房総半島までも望むことができた。

また、愛宕山には、男坂・女坂・新坂などの坂道があり、男坂は神社正面の急勾配の石段で、寛永年間に、曲垣平九郎がこの石段を馬で上下したと伝えられる。(港区教育委員会掲示より)


◎祭神など:

・火産霊神(ホノカグヅチノカミ)

・罔象女命(ミツハノメノカミ)

・大山祇命(オオヤマヅミノカミ)

・日本武尊(ヤマトタケルノミコト)


空間位置・面積等・植生など:

丘陵地の上の神社で階段脇の斜面にはスダジイ、ケヤキなどの樹木が多い。境内は狭いがソメイヨシノの古木が多くあるし、ケヤキ、クスノキ、カヤなどの高木類も見られる。

社殿背後にも斜面林としての自然植生とみられる樹木が多い。


▼樹木配置図


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スダジイケヤキソメイヨシノクスノキカヤ


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▼地図(愛宕神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

火産霊神

罔象女命

大山祇命

日本武尊


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by shasou373 | 2017-03-04 00:05 | ■ 関東地域

幸稲荷神社

◎神 社 名 :幸稲荷神社(さいわいいなりじんじゃ)

◎住  所:〒105-0011 東京都港区芝公園3-5-27

◎調査月日:平成29年3月4日(土)


◎由来など:

当社創立は応永元年(1394)4月、武蔵国豊島郡岸之村、今の芝大門付近芝公園十号地の鎮守として勧請された。

昔の鎌倉街道にあたり郭公の名所として名高く、大祭には社寺奉行の出向あり、社号ははじめ岸之稲荷と称せられていたが、氏子・崇敬老中に幸事多くあるにより、幸稲荷神社と改称された。

当社に御祠石(御福良石ともいう)がある。その由来は増上寺観智国師夢に告あり、翌朝社頭に神拝の折、この石に腰を掛け誓約の事あり、この石に水を注ぎ心願する時はいかなる熱病もたちまち癒えるという。

また子供の夜泣き等、ただちに止むと言い伝えられる。(東京都神社名鑑より)


◎祭神など:

・伊弉諾命(イザナギノミコト)

・足仲彦命(タラシナカツヒコノミコト)

・倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)

・息長足姫命(オキナガタラシヒメノミコト)

・保倉神(ウケモチノカミ)

・譽田別命(ホムタワケノミコト)

・稚産靈命(ワケムスビノミコト)

・武内宿禰(タケシウチノスクネ)


空間位置・面積等・植生など:

社叢として見るべきものはないが,比較的大径木の立木としてイチョウ、シラカシ、スダジイが有り、かっての社叢の存在もうかがえる。駐車場整備や境内の整理で樹木の整理もされたのであろう。


▼樹木配置図


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イチョウシラカシスダジイ


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▼地図(幸稲荷神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

伊弉諾命

足仲彦命(仲哀天皇)

倉稲魂命

息長足姫命(神功皇后)

譽田別命(応神天皇)

稚産靈命

武内宿禰


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by shasou373 | 2017-03-04 00:04 | ■ 関東地域

芝熊野神社

◎神 社 名 :芝熊野神社(しばくまのじんじゃ)

◎住  所:〒105-0011 東京都港区芝公園4-7-35

◎調査月日:平成29年3月4日(土)


◎由来など:

増上寺三解脱門をくぐり抜け、右側のクラント松の先の鐘楼堂の右奥に行くと増上寺熊野神社に着く。

熊野神社は社殿はとても小さいですが増上寺の鬼門(北東)を護る鎮守で元和10年(1624年)増上寺の第十三世正誉廊山上人が熊野権現を増上寺鎮守として勧請したらしい。

こちらでは熊野と書いて「ゆや」と読み、手水鉢に神使の八咫烏(やたがらす)が彫られている。鳥居から境内は広いが社殿はとても小さい。

増上寺


◎祭神など:

・家津御子大神(ケツミコノオオカミ)

・大己貴命(オオナムチノミコト)

・伊弉諾尊(イザナギノミコト)


空間位置・面積等・植生など:

社殿や境内は造営新しいが、残っている大直径のクスノキがあるところを見ると、かつてはかなりの社叢があったと考えられるが、現在はさっぱりしている都会の神社の境内である。


▼樹木配置図


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クスノキ


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▼地図(芝熊野神社へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

家津御子大神(熊野権現内より)

大己貴命(大国主命)

伊弉諾尊


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by shasou373 | 2017-03-04 00:03 | ■ 関東地域

芝大神宮

◎神 社 名 :芝大神宮(しばだいじんぐう)

◎住  所:〒105-0012 東京都港区芝大門1-12-7

◎調査月日:平成29年3月4日(土)


◎由来など:

旧府社、准勅祭社、東京十社である。

当宮の御鎮座は遠く、寛弘2年(1005)である。もとは芝神明と称されたが、明治元年11月准勅祭社に列し、官幣使の参向があり、ついで明治5年府社に列した。

その時、正式に芝大神宮として官許された。飯倉山芝公園丸山に鎮座したが、慶長3年(1858)に当地に鎮座した。

江戸時代より多くの崇敬者・参詣人を集め、大産土神として上下の崇敬を集め、現在に至っている。(東京都神社名鑑より)

東京十社


◎祭神など:

・天照大御神(アマテラスオオミカミ)

・豊受比売命(トヨウケビメニミコト)


空間位置・面積等・植生など:

当社の歴史、格式は高いが典型的な都会の神社という体をなしている。社殿の下を開け駐車場にしている。しかし、周りには客土して樹木を施し、社叢を維持しようと努力をしているようである。本殿南側に禁足地をもうけてサカキ、サクラ、ヒサカキ、クスなどが育っている。

また、鳥居向かって左手にはかっての枯死した神木があり、社叢もかってかなりあったであろうと思われた。


▼樹木配置図


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サカキサクラヒサカキクスノキ


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▼地図(芝大神宮へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

天照大御神

豊受比売命


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by shasou373 | 2017-03-04 00:02 | ■ 関東地域

芝東照宮

◎神 社 名 :芝東照宮(しばとうしょうぐう)

◎住  所:〒105-0011 東京都港区芝公園4-8-10

◎調査月日:平成29年3月4日(土)


◎由来など:

慶長6年(1601)家康公六十歳の時、生存中等身の自像を彫刻させ、自から祭供をなし給い、のち、元和2年(1616)には増上寺観智国師に命じて、同年、安国殿に鎮座させて、永世国家を守護せんと命じた。

その後、徳川家康公の遺訓どおり、社殿造営のことはじまり、翌年3月落成する。土井大炊頭利勝これを奉行した。

その後、寛永11年(1634)模様替あり、同18年さらに社殿を新築する。その構造雄大にして、大正4年国宝建造物に指定せられたが、昭和20年戦災にかかり、灰燼と化した。(東京都神社名鑑より)


◎祭神など:

・徳川家康公(トクガワイエヤスコウ)


空間位置・面積等・植生など:

東向きの社殿で有り、背後には芝丸山古墳が存在する。献木も多いがタブやエノキなどもあり背後の古墳の樹木と相まって社叢ととらえても良いようである。

本殿のほうは一様禁足地のようで一般の参拝者は入れないよう柵などが施されている。社殿に向かって右手の中段には神木である都指定の天然記念物の大銀杏が有り胸高直径は190㎝である。


▼樹木配置図


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タブノキエノキイチョウ


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▼地図(芝東照宮へのアクセス)



【参考資料(リンク)wikipedia】

徳川家康公


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by shasou373 | 2017-03-04 00:01 | ■ 関東地域

「社叢見守り隊」の調査報告を掲載しております。


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