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神戸水天宮

◎神 社 名  神戸水天宮(こうべすいてんぐう)
◎住  所 〒653-0882 神戸市長田区長田天神町5-5-1
◎調査月日 2017年4月12日(水)

◎由来など
1914(大正3)年、久留米鎮座の水天宮に請願して附属講社を起こす。併せ水天宮奉斎会を設立し、兵庫熊野神社内に御分霊を奉斎した。1923(大正12)年4月、御本殿を建立して奉鎮した。

◎祭神など
・天御中主命(アメノミナカヌシノミコト)
・安徳天皇(アントクテンノウ)
・高倉平中宮建礼門院(タカクラ タイラノチュウグウ ケンレイモンイン)
・二位尼 平時子(ニイノアマ タイラノトキコ)

◎周辺状況
第1種中高層住居専用地域

◎境内面積
見た目 約2,000㎡

◎社叢の状況
境内から見て南側下り斜面地はアラカシ林。

◎社叢の見どころ
周囲は常緑樹。

          ▼樹木配置図
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▼地図(神戸水天宮へのアクセス)


【参考資料(リンク)wikipedia】

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by shasou373 | 2017-04-12 00:03 | ■ 近畿地域

祇園神社

◎神 社 名  祇園神社(ぎおんじんじゃ)
◎住  所 〒653-0822 神戸市長田区池田寺町7
◎調査月日 2017年4月12日(水)

◎由来など
古来より池田村の守護神。

◎祭神など
・素盞男神(スサノウノミコト)
・大歳御祖神(オオトシミオヤノカミ)

◎周辺状況
第1種中高層住居専用地域

◎境内面積
見た目 約550㎡

◎社叢の状況
境内からみて北側の道路への下り斜面が樹木の生育地。

◎社叢の見どころ
大クスノキは大きいぞ。

          ▼樹木配置図
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▼地図(祇園神社へのアクセス)


【参考資料(リンク)wikipedia】
素盞男神
大歳御祖神(神大市比売)



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by shasou373 | 2017-04-12 00:02 | ■ 近畿地域

長田神社

◎神 社 名   長田神社(ながたじんじゃ)
◎住  所 〒653-0812 神戸市長田区長田町3-1-1
◎調査月日 2017年4月12日(水)

◎由来など
神功皇后が新羅外征よりご帰還の際、武庫の水門で船が同じところをぐるぐる回って進まなくなった。
皇后が占ってみると「吾を御心長田国の鶏の声のする地に祀れ」との神示を受けた。
そこで山背根子の女、長媛をつかわして創祀させた。

◎祭神など
・事代主神(コトシロヌシノカミ)

◎周辺状況
第1種住居地域

◎境内面積
見た目 約10,000㎡

◎社叢の状況
マツが残る常緑樹の森。

◎社叢の見どころ
神木の大クスノキと、道路を挟んだ向かいのケヤキ古木。

          ▼樹木配置図
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▼地図(長田神社へのアクセス)


【参考資料(リンク)wikipedia】

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by shasou373 | 2017-04-12 00:01 | ■ 近畿地域

鷲神社

◎神 社 名 :鷲神社(わしじんじゃ)

◎住  所:〒336-0973 埼玉県さいたま市緑区南部領辻2914

◎調査月日:2017(平成29)年4月1日(土)


◎由来など:

創建年代等は不詳ながら、新羅三郎義光が奥州下向の途次、当地で奇瑞を感じたことから神楽を奏上、跡地に祠を建てて鷲明神を奉斎したと伝えられる。江戸期には辻村の鎮守社として祀られ、明治6年には村社に列格、明治41年に字西原の雷電社、字原山の稲荷社、字辻の稲荷社を合祀した。「猫のあしあと」HPより)


本殿には、翼を広げた鷲の背に立つ鷲大明神像と神鏡が安置されている。神像の底面には、「明和八辛卯歳(1771)霜月 □四郎 別当惣持院法印恵快代」と記され、また、神鏡の台座の底面部には「嘉永六丑年(1853)3月 別当阿日山惣持院十四世現住法印覚□謹誌」と記されており、江戸期、別当惣持院が当社の祭祀を司ってきた様子の一端を伝えている。(「埼玉の神社」より)


◎祭神など:

・日本武尊(ヤマトタケルノミコト)


空間位置・面積等・植生など:

5月と10月には「獅子舞」が行われ鎮守としての存在は保たれている。かって埼玉県の「ふるさとの森」の指定を受けていたところでかなり西側に自然林が残っている。「ふるさとの森」は全県的に今は解除され各市町村に移管されているが、本神社はかなりそのままの状態が続いている模様である。

東側はソメイヨシノの植林が行われ、自然林はあまりないが西側は見沼代用水東縁が流れ、「斜面林」につづく平地林としてイヌシデ、アカシデ、コナラなどを主体とした自然林が残されている。社殿背後(北側)は勝手の見沼の入り江になっており、伐採は入っているが、自然植生と思われる樹種がわずかに残っている。


▼樹木配置図


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ソメイヨシノイヌシデアカシデコナラ


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▼地図(神社へのアクセス)



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【参考資料(リンク)wikipedia】

日本武尊


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by shasou373 | 2017-04-01 00:05 | ■ 関東地域

上野田氷川神社

◎神 社 名 :上野田氷川神社(かみのだひかわじんじゃ)

◎住  所:〒336-0977 埼玉県さいたま市緑区上野田78

◎調査月日:2017(平成29)年4月1日(土)


◎由来など:

見沼代用水東縁の流域の農業地域の一角にある上野田は、江戸中期から将軍家の保護のもと「野田の鷺山」として知られ、鷺の一大繁殖地であった。昭和40年代以降、環境の変化などのため、鷺の飛来は絶えてしまった。

当社は、この上野田の鎮守として祀られてきた神社で、『風土記稿』上野田村の項にも「氷川社村の鎮守なり、照光寺持末社雷神社」と載る。当社の創建の年代は不明であるが、村民の菩提寺となってきた曹洞宗の照光寺の創立が寺伝に承応年間(1652~55)とあるところから、当社もまた村の発展に伴って照光寺と同時期に勧請されたものと思われる。ちなみに、照光寺は、元来は当社の裏手にあったが、神仏分離の後、現在地に移転した。

当社の本殿は明治25年12月、拝殿は同41年9月に改築され、同じく41年11月には、同大字字東台の村社天神社とその境内社の稲荷社・琴平社・疱瘡社の三社を合祀した。(「埼玉の神社」より)


◎祭神など:

・素戔嗚尊(スサノオノミコト)


空間位置・面積等・植生など:

西側を流れる見沼代用水東縁の遊歩道から見るとこんもりした森に見えて神社の存在は気づかれないが、東の県道からは鳥居が有り参道が続いている。西側は「斜面林」となっているので自然林らしき様相になっている。社叢はシラカシを主体と樹相である。

社殿の北側は中低木はなく高木のみで、刈り払いがされていた。東側は畑につづいており開けている。スギと思われる大径木の伐採痕がいくつか見られる。

境内はきれいに保たれており、手入れはされている。


▼樹木配置図


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シラカシスギ


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▼地図(上野田氷川神社へのアクセス)



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【参考資料(リンク)wikipedia】

素戔嗚尊


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by shasou373 | 2017-04-01 00:04 | ■ 関東地域

熊野神社(さいたま市)

◎神 社 名 :熊野神社(くまのじんじゃ)

◎住  所:〒337-0024 埼玉県さいたま市見沼区片柳771

◎調査月日:2017(平成29)年4月1日(土)


◎由来など:

片柳熊野神社の創建年代等は不詳ながら、十二所権現社と称し、片柳村の鎮守だったという。

明治3年熊野神社と改称、明治6年村社に列格、明治40年には近隣の染谷八雲神社、大西稲荷社、染谷氷川神社、山村神社、若林氷川社(及び境内社天満社)、大西神明社、東台稲荷社、南台荒神社を合祀した。「猫のあしあと」HPより)


◎祭神など:

・家都御子神(ケツミコノカミ)

・熊野夫須美神(クマノフスミノオオカミ)

・速玉男命(ハヤタマノオノカミ)

・素戔嗚尊(スサノオノミコト)

・倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)

・大山祇命(オオヤマツミノカミ)

・菅原道真公(スガワラノミチザネコウ)

・天照大御神(アマテラスオオミカミ)

・火産霊神(ホムスビノカミ)

・奥津彦命(オキツヒコノミコト)

・奥津姫命(オキツヒメノミコト)


空間位置・面積等・植生など:

見沼の入り江の奥の高台(大宮台地)に位置していて、階段を登り参拝する。 境内はきちんと保たれている。

階段の右手には胸高直径120㎝はあると思われる大楠があり,見沼の中を流れる芝川からも遠望できる。また、左手にはやはり同様の大椎がある。西側は奥に入るかっての入り江の地形から「斜面林」になっており、常緑広葉樹が残っているが、植林がかなり入っている。

社殿背景は樹景が薄くなっており、東側は切り開かれた後、クロマツの植林がなされていた。しかし、遠景はかなり「鎮守の森」としての体裁は守られているように見える。


▼樹木配置図

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クスノキクロマツ


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▼地図(熊野神社へのアクセス)



(地図中のYahoo Japanのロゴをクリックして頂くと、大きな地図でご覧頂けます)


【参考資料(リンク)wikipedia】

家都御子神(熊野権現参照)

速玉男命(熊野権現参照)

素戔嗚尊

倉稲魂命

大山祇命

菅原道真公

天照大御神

火産霊神


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by shasou373 | 2017-04-01 00:03 | ■ 関東地域

愛宕神社(さいたま市)

◎神 社 名 :愛宕神社(あたごじんじゃ)

◎住  所:〒337-0033 埼玉県さいたま市見沼区御蔵1167

◎調査月日:2017(平成29)年4月1日(土)


◎由来など:

創建不詳。

御蔵愛宕神社の創建年代等は不詳ながら、「埼玉の神社(埼玉県神社庁)」神明神社(御蔵)項によると、太田道灌の金蔵が「蔵の敷台」と呼ばれる所に建てられ、この蔵の火防の神として蔵の前に愛宕神社を祀ったとも伝えられるという。江戸期には主として御蔵村分の鎮守として祀られていたが、江戸末期頃より神明神社(御蔵)に合祀した形となったという。

「猫のあしあと」HPより)


◎祭神など:

・天照皇大神(アマテラスオオミカミ)


空間位置・面積等・植生など:

「算額」のある神社で、以前はこんもりした森に囲まれていたが、かなり樹木が伐採されていて社殿がぽつんとある状態であった。東向きの社殿であるが、東の前面はかなりの大径木の伐採痕が何本も残っていた。氏子さんの話によると住宅が迫っていて陽当たりや落ち葉の苦情2回重なったのでかなりの費用をかけて伐採したとのこと。北側の残ったクヌギなどの高木は私有地なので伐採はしなかったとのこと。社殿の裏側(西側)にはシラカシが残されており何とか体裁を保っている状態であった。

社殿に向かって北側(右側)は昭和30年代まで神楽の舞台観覧席があった空き地であったらしく社叢はない。

現在は三室地区の先達を頼んで春のみ例大祭を簡単に取り組んでいるのが実情である。


▼樹木配置図


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シラカシクヌギ


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▼地図(愛宕神社へのアクセス)



(地図中のYahoo Japanのロゴをクリックして頂くと、大きな地図でご覧頂けます)


【参考資料(リンク)wikipedia】

天照皇大神


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by shasou373 | 2017-04-01 00:02 | ■ 関東地域

中山神社【中氷川神社】

◎神 社 名 :中山神社(中氷川神社)(なかやまじんじゃ)

◎住  所:〒337-0043 埼玉県さいたま市見沼区中川143

◎調査月日:2017(平成29)年4月1日(土)


◎由来など:

創建不詳。

大宮台地には侵食による多くの谷があり、中でも大規模なものが当社の南側を流れる芝川の谷で、この谷は大宮台地からの湧水や見沼をはじめとするたくさんの沼を抱えた沼沢地であった。

現在の社号は、明治四十年に当地中川をはじめとする片柳村の西部に位置する南中野・新右衛門新田・上山口新田・南中丸の各大字に祀られていた神社が、当社に合祀されたことにより、それまでの社号であった「氷川社」を鎮座地中川の「中」と江戸期の新田開発以来、氏子付き合いを続けてきた上山口新田の「山」を合わせて中山神社と改称したものである。

しかし、現在も氏子の中では、かつての社号である氷川社当時のままに、「氷川様」と呼ぶ人が多い。

また、当社は武蔵一宮で高鼻に鎮座する氷川神社と浦和市三室(宮本)に鎮座する氷川女体神社を結ぶ線上のほぼ中間に位置することから、古くより関係の深い社として「中氷川神社」とも呼ばれていた。更に、この三社については、各社共に素盞嗚命・稲田姫命・大巳貴命の三座を主祭神に挙げながらも、それぞれ筆頭とする祭神を高鼻の氷川神社は素盞嗚命で男体社に、三室の氷川女体神社は稲田姫命で女体社に、そして、当社を大巳貴命で、先の二神の子に当たるとして簸(氷)王子社というように、この三社で『延喜式』神名帳武蔵国足立郡四座の内の名神大社氷川神社であったとする説もある。(「埼玉の神社」より)


◎祭神など:

・大巳貴命(オオナムチノミコト)

・素盞嗚命(スサノオノミコト)

・稲田姫命(イナダヒメノミコト)


空間位置・面積等・植生など:

長い参道をもつ神社で東西に細長い敷地である。南側には住宅が迫り、北側は道路工事のため削られて斜面になっている。

「一帯は40年前からの区画整理のためどのくらい神社敷地が削られてしまうかは不確定。参道は西半分がなくなってしまうことはほぼ決まっている(宮司談)」。なかなか交渉が進まず困っているとのこと。

また、スギやヒノキが住宅地側にあるため倒木の不安が住民にあるようで、神社としては苦慮している。残る予定の参道も横切る第二産業道路から二の鳥居の間は道路として今も使われているため拡張する計画があり、スギヒノキの並木を伐採しなくてはならなくなるかもしれない心配もあると話していた。氏子は中川地区で現在70人である。

社叢としては埼玉の平地林の典型のようなシラカシ、ケヤキ、シデ類を主体として構成されており、そこにスギヒノキや他の樹種の植林がされている。比較的よく残されており、保存保全を進める必要があると思われる。



▼樹木配置図


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スギヒノキシラカシケヤキシデ類


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▼地図(中山神社へのアクセス)



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【参考資料(リンク)wikipedia】

大巳貴命

素盞嗚命

稲田姫命



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by shasou373 | 2017-04-01 00:01 | ■ 関東地域

「社叢見守り隊」の調査報告を掲載しております。


by shasou373